リスタート
「…………は?」
何が起こったのか理解ができない。僕は確かにトラックに轢かれて死んだはずだ。夢オチなんてありえない、あの時の体が引き裂かれるような、破裂するような痛みが夢じゃないと証明している。
僕は目を擦り周りを見渡す。
周囲はガヤガヤと騒がしく、僕なんかには目も向けない。石造りの建物が並び立ち、その前には露店のようなものが出されて随分と賑わっている。僕はどこかの市場のような場所の真ん中に気がつくと突っ立っていた。
周りを更に詳しく観察する。建物の作りはまるで中世のヨーロッパのようだ。奥の方には馬車のようなものも通っているが、それを引く生き物は今まで見たことない生き物でトカゲと馬を足して二で割ればあんな風になるだろうか。
それに、周囲を歩く人々の姿が僕の知るそれとは大きく異なっている。普通の人の服装は勿論、それに加えて、頭に動物の耳の様なものがある人物や尻尾が腰の辺りから伸びてる人が大通りを何気なく歩いていた。
まるでファンタジーの世界のような……。
異世界転生という言葉が脳裏をよぎる。あまりにも幼稚で馬鹿馬鹿しいが、トラックに轢かれて、気づけば知らない土地へなんて小説の中でしか聞いたことがない。
夢だと思いたいが、肌の感覚や周囲の喧騒がどうしようもなく現実を主張してくる。思わず頬を大きくつねってみるが、しっかりと痛かった。
もし、転生だというのならば色ぐらい付けて欲しかったものだ。あいも変わらず僕の視界は白と黒だけで構成されていた。
さて、現実逃避をしてても仕方がない、ここが異世界なのか、はたまたタイムトラベルをしたのか。それとも僕の夢なのか。
それに僕も男の子だ、今の状態に少しワクワクもしている。誰しも一度は憧れるシチュエーションだ。
「せっかくなら楽しんでいこう」
しかしまあ、どうしたものか?僕の格好は学校帰りだった為、ワイヤシャツに学生服のズボン。それに鞄の中にはノート数冊とスマホぐらいだ。教科書?そんなものは学校に置いてきた。
近くのお店のショーウィンドウを鏡にして、姿を確認してみる。そこに映るのは轢かれる直前の僕の容姿そのまんまだ、中肉中背で少し癖のある髪。どこにでもいる日本人の高校生と言った感じだろうか。異世界転生といえば、魔王を倒して世界を救うストーリーが王道だけど、世界を救うにはあまりにも頼りなさ過ぎる。
その後、近くの露店に行って試してみたが、日本円はここではなんの価値もないようで、円を見たことも聞いたことがないようであった。その露店ではこれまた見たこともない果物のような物を売っており、ここが異世界というのにも真実味が増してきた。
どうにも、ここの世界の通貨は銅貨や銀貨のようなもので統一されてるらしい。しかし、吉報もある言語でのコミュニケーションは可能であったことだ。これで言葉まで通じなかったら本当に詰んでた。
無一文の15歳が1人で生きていけるほど、世界が甘くないのは知っている。ましてや色盲というデバフまで掛かってるのだから更に困る。
「そもそもこういうのって何か凄い力授かって、無双していく感じじゃないの?何でマイナスからスタートしなくちゃいけないんだよ……」
とりあえず金だ、お金がないと生きていかない。
こういうファンタジーとかじゃあ、冒険者的なギルド的なやつがあるのが相場だし、それを探すのを目標に行動してみるか。無ければ皿洗いでも何でもして、お金を稼ごう。
そう思い動き出そうとしたその瞬間、僕の視界に色を纏った蝶々が映り込んだ。
時間が止まったような気がした。
僕はあまりのことに言葉を無くして、立ち尽くす。
「なんで……色が見えるんだ……」
それが何色なのかを僕は知る術がない、でも僕は初めてそこで色がこの世界に存在している事を知った。
その蝶はフラフラと人混みを縫うように進んでいく。
「おい!待て、待ってくれ!」
僕は思わず駆け出した、この機会を逃す訳にはいかない。その時にはもうここが異世界だとか、ファンタジーだとかもうどうでもよかった。僕はただこの白黒の世界に色彩を求める。
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