色彩を君に


「私が何者であるかを教えるためにも、まずはここから移動しようか。私を語る上であれを見せない訳にはいかないからね」


 そういうとエレさんは立ち上がり部屋から出て行くので、それについて行く。この部屋に来るまでも思ったが、この屋敷には多くの絵が飾られている。どれも高そうで、うっかり落としたら大変なことになりそうだ。


 しばらく歩くと何もない壁の前でエレさんは立ち止まった。


「ここだよ」


「……?何もないですけど」


「まあちょっと見ててよ」


 そう言うとエレさんは、先ほど同様に色の膜に包まれる。その後彼女は指をパチンと鳴らす。


 すると驚いた事に目の前に今まで無かった扉が出現した。


「うわっ!驚いた。これも魔法ですか?」


「厳密に言うと魔道具の一種だよ、私の魔力に反応して現れる仕様になっているんだ」


 便利なものだと関心する。やっぱり魔法具とかもあるんだな、中々どうしてファンタジー小説も馬鹿には出来ない。


「じゃあ進もうか」


 そう言うと彼女は扉を開けて中へと入って行く。僕もそれに続く形で中に入ると、中には壮大な光景が広がっていた。


 外からは想像もつかないほど広い空間には、まるで図書館のように本が飾られている。また、奥へと進むとそこには廊下にあったような絵が額縁には入れられず床に大量に撒き散らされ、その真ん中には巨大なキャンバスが鎮座していた。


「全く汚いところで申し訳ないんだが、まあ人を呼ぶ場所でもないからね、許してほしい」


「ここは……いったい?」


「ここは私の研究室兼アトリエさ、そして私が色彩の魔女と呼ばれる所以でもあるのがこの絵って訳だ」


 そう言うと彼女は中央のキャンバスに指をさす。

 それに釣られる形で絵を見上げる、天井にまで届きそうな巨大なキャンバスには大きな一輪の花の絵が描かれていた。あまりの大きさに思わず唾を飲み込む、色の見えない僕には絵画の全てを理解するのは難しいが、これが素晴らしい絵だと言うことは伝わってくる。


「どう、凄いでしょ」


「えぇ、凄い、こんなに大きな絵を見たのは初めてです」


「驚くのはまだ早いよ。さて、人に見せるのは久々だね、腕がなるよ」


 凄いと思うのと同時にやはり残念な気持ちもある。色彩の魔女と呼ばれる所以と言うぐらいだ、さぞかし素晴らしい色合いの絵なんだろうなと考える。


「でもすいません、実は僕色が……「そう!良いところを指摘するね。この絵色がついてないでしょ。それはわざとなんだ、見ててくれ」


 僕が色を見えてない事を伝えようとすると、集中した様子のエレさんは食い気味に僕の話に被す。先ほどまでの大人っぽい話し方とは一転して、声色が明るく、何処か子供っぽくも見える。


 そして、先ほどのように杖を出して色の膜に包まれる。でもさっきまでとは違い、色も濃く、色は一色ではなく様々な色で構成されていて、七色っていうのはこう言うのを指すのかなと僕はその姿に見惚れる。


「私は色彩の魔女、キャンバスよ色をふきかえせ『リ・レセット クレォー』」


 彼女がそう唱えると同時に、彼女の後ろから大量の蝶々が群れを成して飛び出してくる。その蝶は先ほどの彼女が包まれていた色のように、様々な色の蝶が混ざっている。その蝶達は自らが何処に向かうべきなのかを理解しているように、迷いなくキャンバスの上へと散らばって行く。


 ああ、何て素晴らしい日なのだろうか。異世界に来たことも、魔法を見たこともとても素晴らしい体験だった。でも僕は何よりもこの光景を忘れることはないだろう。


 蝶の群れは徐々に消えてゆき、そして最後に残ったのはキャンバスに咲いた一輪の花であった。白と黒だけの世界にそこだけは色が塗られ、これでもかと言うほどに花はその存在を主張している。


「どう?凄いでしょ!これが私の全力で渾身の出来の作品だよ」


 そう言って彼女は僕に駆け寄ってきた。


「…………ッ」


 僕は涙が止まらなかった、ああ、色って素晴らしいな。今ある感情はただそれだけだった。


「何で泣いているの?そんなに感動したのかい?」


「そうだね……今まで生きてきた中で一番感動したよ、素晴らしい作品をありがとう」


「そ、そんなに褒められたら照れるじゃない。でも泣きそうなほど感動した人は居ても、実際泣いたのは君が初めてだよ」


 そうだろうとも、僕のこの感動は多分誰にも理解できない。ただキャンバスに色がついただけじゃない、僕の世界に色が塗られたんだ。


 僕は生まれて初めて絵の素晴らしさを理解した。

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