腹が減っては

「色が見えないのか……なるほどね」


 あれから時間が経ち、だいぶ落ち着いてから僕は自身の体質について話した。あまり周りに自分のことを話すのは不幸自慢みたいであまり好きでは無かったのだけど、今回は仕方ない。


「あまり驚かないんですね」


「そうでもないよ、でもそういう人がこの世界でも居ない訳ではないからね。訪問者というのならそういう事もあるかなって」


「そういうものですか、まあこの話を聞いて態度を変えられたりしないのは助かります」


 実際、前の世界では結構このことを話すと同情したり、腫れ物を扱うような態度を取られたりすることは多々あった。僕は色を見えてない事よりも、そんな風に世間から違う存在として見られる事の方がよっぽど苦痛だった。


「でも私の絵だと色が見えた、恐らくだけど厳密には君は魔精を視覚で捉えることができるのが要因なんだろうけど……」


「正直僕には、なんで色が見えたかは全然分かりません」


「その辺はおいおい調べようじゃないか。それに、もしかしたら君のその体質も……いや確信を持てない事は言わないでおくよ」


エレさんは何かを言いかけるが、途中で口を閉ざしてしまった。最後の方は独り言に近く、ほとんど聞き取ることが出来なかった。


「よし、ノワ君の事はだいぶ分かったし、私の事もちょっとは分かって貰えただろう。そんな所で次は実益的な話をしようか」


「実益的な話?いったいどう言った……」


 彼女の気になる発言に対して質問しようとしたその瞬間、グゥウウーという音が鳴り響く。恥ずかしい、腹の虫が盛大に吠えたようだ。そういえばこっちに来てから何も食べてない。


「くっくっ、シリアスな雰囲気が台無しだね。ちょうどよかった、時間も時間だから昼食にしようか」


「すいません……助かります」


「いいよ、人と食事を共にするのは久々だね。あまり豪華なものは用意できないけども腕を振るわせてもらうよ」


 異世界での初食事、最初の市場で見た感じそれほど変なものが出てくる訳ではないだろうけど、外国に行って食文化の違いから中々馴染めないというのはよく聞く話だし、少し心配だ。


 しかし、心配とは裏腹に出されたのは、柔らかそうなパンに香ばしいスープ、それに僕の目を惹いたのはごく厚のステーキであった。


「即席で作れる限界だよ、偶々今朝取れたムムの肉があったからステーキにしてみた。口に合うかは分からないけど、好きなだけ食べてくれ」


 こんなに厚いステーキは見たことがない。ステーキからはジュジュと肉が鉄板に熱されている音が聞こえてくる。


 僕はたまらず早速フォークで肉を切り分ける、するとそこからは溢れんばかりの肉汁がブシュと音を立てて流れ出す。


 ああ、堪らない。僕は口に入るかどうかギリギリの肉の塊を口の中に放り込む。


 噛んだ瞬間に肉の柔らかな食感と共に暴力的な旨味が襲い掛かる。


「っつ——うっまい!」


 パンやスープも肉に負けないほど美味しかった。パンからは自然な甘みがしっかりと感じられ、そしてまるで焼き立てのように外はサクッと中はしっとりとしていた。

 スープはさっぱりとした味になっていて、肉の旨味と中和して食欲をさらに掻き立てる。


「喜んでもらえたようで良かったよ、私も頑張ったかいがあったもんだ。それに自分が作ったものを人と共有するというのは中々得難い快感があるものだね」


「こんな美味しい料理なら、毎日食べたいぐらいですよ!」


「嬉しいことを言ってくれる。しかし、それだと告白みたいだね」


「……なっ、そんなつもりは」


「ふふ、冗談だよ。君は中々面白い反応をしてくれるね」


 彼女との会話もそこそこに、その後もバクバクと食は進み、あっという間に完食してしまった。 


「ご馳走様でした」


「良い食べっぷりだったよ、よっぽどお腹が空いていたんだね」


「少し恥ずかしいですね」


「生きることは食べることだ、何も恥ずかしいがることはないよ」


「良い台詞ですね、なんか大人の貫禄を感じます」


「そうかい?まあ私の言葉じゃないんだけどね、師匠譲りさ」


 そこで一度会話が途絶え、場の空気が整えられる。エリさんは一度手元にあるティーカップから、紅茶のような飲み物を飲み干して、僕に問いかける。


「さて、お腹も膨らんだことだし本題に入ろうか。君は今後どうしたい?何をしたい?それを教えて欲しい」

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