ただのお爺さん
さて、魔法を始めて使った日から更に数日。僕は充実した日々を送っていた。この世界について勉強をして、魔法を教えてもらい、そして美味しいご飯が食べれる。
ただ気になるのが、エレさんに対して僕は今のところ何も出来ていない事だ。当初は、僕の事よりも先に色々と研究されるのだと思っていたけども、そうはならなかった。
今では魔法に歴史に色々教えてもらう上に、食事まで提供されている状態だ。
エレさんが行なっている研究がどんな内容で、僕のこの目がどう役立つかは分からないけど、出来る限り恩は返したい。
「と言う訳で、僕に何か出来ることがあるなら言ってください。ていうかこのままだと申し訳なさで潰れてしまいそうです」
「そんな事気にしてたのかい?心配しなくても、その内嫌というほど研究し尽くしてあげるさ」
彼女はそう言って僕に微笑みを浮かべる。そう言われると何だか複雑な気持ちになる。
「でもノワ君がそんなに協力的なら、研究に取り掛かっても……」
エレさんが何か言いかけたその時、カコンと何かが窓にぶつかる音がした。
驚いてパッと窓の外を覗くと、そこには巨大な狼のような生き物が窓にのしかかっていた。見た目は狼そのものだが、その大きさは僕の知ってる狼とは一線を画していた。
「おっ、誰かと思えばハルティじゃないか」
彼女はそう言うと、窓を開けて巨大なオオカミを招き入れる。
「だ、大丈夫なんですか?」
「ああ、驚かせたね、彼は私の師匠が使役している魔獣のハルティだよ。心配しなくても噛み付いたりしないさ」
そう言って彼女は、ハルティと呼ばれた狼を撫でて可愛がる。
「僕も……撫でても大丈夫ですか?」
「ふふ、大丈夫だよ。ほらハルティ、ノワ君に挨拶しな」
そう言うとハルティは大きな顔をこちらに近づけて、スンスンと僕の匂いを嗅いだ後にペコリと頭を下げた。大きな図体とミスマッチなその動きがなんだか可笑しくて、僕はつい笑ってしまった。
「ハルティが来たと言うことは、また師匠からの呼び出しかな?まったく、最近顔を出したばかりなのに」
僕がハルティを撫でて遊んでいると、エレさんは面倒臭そうにそう言ったが、顔はそれほど嫌がっているようでもなさそうだ。
「まあちょうど良かった、ノワ君折角だし一緒にくるかい?」
「ええ是非、エレさんの師匠がどんな人か気になります!」
僕はその提案を喜んで受ける。不自由もないし、文句もない生活ではあったけども、強いて不満を上げるとすれば、この屋敷以外の場所にも行ってみたいという気持ちは前からあった。
折角この世界に来たのに、まだ僕が知っているのは最初の街の景色とこの屋敷の周りだけだ。
それに、エレさんの師匠がどんな人なのかも気になる。師匠という事は、エレさんよりも凄い魔法が使えたりするのだろうか。
「それじゃあ、早速だけど師匠のところに向かおうか」
そう言うと彼女は屋敷の奥へ足を運び、以前来たエレさんの研究所のような部屋の前に着く。あの何もない壁の前だ。何か荷物でも取りに来たのだろうか?
「僕も何か準備した方がいいですかね?」
「何を言ってるんだい、準備なんて要らないさ」
彼女は前と同じように扉の前に立ち、魔力を練る。そして、何気なしに扉をそのまま開くと、その先には以前見た光景は広がっていなかった。
扉の先にあったのは、広々とした草原の真ん中にあるこじんまりとした家であった。煙突からはもくもくと白い煙が立ち上り、ここだけ時間がゆっくり流れているような、なんもとのどかな雰囲気が流れている。
「ここだよ、驚いたかい?あの魔法具は私が座標を設定した場所ならどこでも行けるんだよ」
もうこの世界にきてから驚きっぱなしだから、驚く事に少し慣れてきた自分があるのが少し怖い。
僕がそんな事を考えながら、ぼんやりと景色を眺めてると急に後ろの方から声が聞こえてくる。
「ほっほっほ、珍しい事もあるもんじゃ。エレノアが人を連れてくるなんての」
驚いて思わず尻餅をついてしまう。そのままの体勢で振り返ると、そこには白い髭を蓄え、物腰の柔らかそうな老人が立っていた。格好は見るからに魔法使いと言った、初めてエレさんに出会った時の様な格好をしている。
「魔法使いは初めて会う時に、後ろから話しかける癖でもあるんですか!」
「ほっほっほ、魔法使いは人を驚かせるのが好きなんじゃよ。どうせエレノアもやったのじゃろ?」
「えー、師匠と同じ事をしてしまったのか、少し嫌だな」
「まったく可愛げがない弟子じゃな。所で若いの名前は?」
ずいっとこちらに顔を寄せて、エレさんの師匠は僕に尋ねる。細められた目はこちらを全て見透かしている様で恐々としてしまう。
「ノ、ノワールです。ノワール・ブラン」
まだこちらの名前を名乗るのに慣れていなくて、咄嗟に尋ねられるとつい詰まってしまった。
「ほほーう、ええ名前じゃな。であればワシも名乗らなければ失礼じゃの。ワシの名前はゴルドック・スカーレット、しがないお爺さんじゃよ」
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