正体不明


「ほれ、沢山作ったからたんと食べなさい」


 僕達の目の前に広がるのは、机を埋め尽くさんばかりに並べられたパンの山であった。どれも焼きたてのようでとても美味しそうだ、小麦の香ばしい香りが部屋全体に広がっている。


「師匠また作り過ぎたのか……趣味を見つけたのは良い事だけど、今月に入ってから何回目だと思ってるんだい?」


 エレさんは呆れた表情を浮かべて、やれやれと首をすくめる。


「これ全部ゴルドックさんが焼いたんですか?凄い量ですね……」


「ほっほっほ、ついつい興が乗って毎回作り過ぎてしまうのじゃよ。味は保証するぞ」


 山のように積まれたパンの中から一つ取り出して、僕は頬張った。美味しい、特に何か入っている訳では無いのに、小麦の自然の甘みを感じることができ飽きずに食べれる。あっという間に食べ終わってしまい、ついつい二つ目へと手が伸びてしまう。


「気に入ってもらえたようで結構じゃ、若者はしっかりと食わんと」


「今回はノワ君が居たからいいけど、毎度毎度、大量のパンを持って帰らないといけない、私の気持ちも考えて欲しいもんだ」


「ええじゃないか、ワシが作ったパンはいつでも焼きたて、それに半永久的に質を保つんじゃから」


 何それ凄い、もしかしてあの時に食べたパンもここで焼いた物だろうか?にしても、エレさんの師匠だけあってやはり凄い。当たり前のように規格外の事をする。


 そんな事を考えながら黙々とパンを食べ続けていると、家の二階からドタドタと足音が聞こえてくる。


「エ〜レ〜ちゃーーん!」


 どんと勢いよくエレさんに向かって何かが飛びかかってきた。


「クレア、歓迎してくれるのは嬉しいけど、飛びついてきたら危ないといつも言ってるだろう」


 エレさんの胸元には僕より少し小さい女の子が抱きついていた。それをエレさんは手慣れたように撫でて、注意をしている。


「えっへへ、エレちゃんなら何時でも大歓迎だよー」


「これ、クレア。今日はエレノア以外にも来てるんじゃから挨拶をしなさい」


 ゴルドックさんがそう言うと、初めて僕の存在に気づいたようにこちらに顔を向けた。すると驚いた顔をして、サッとエレさんの後ろに隠れてしまった。


「えっと初めましてノワールです」


 一応挨拶してみる事にしたが、相手からの反応は芳しくない。それどころかエレさんにぎゅっと抱きついて、顔を完全に隠してしまう。


「うーむ、やはりエレノア以外だとダメじゃのー、いい加減クレアの人見知りを治したいんじゃが」


「ほら、クレア大丈夫だよ、彼は私の友人さ」


 そう言ってエレさんはクレアの背中を軽く押す。彼女はゆっくりとこちらを見て、もじもじとしている。


「……ク、クレッ、クレアです」


 今にも消えそうな声で彼女はそう言うと、また再びサッとエレさんの後ろに帰ってしまった。


「まあゆっくり慣れていけばよいわ。それよりも、今回の本題に入ろうかの」


「……?また何時ものようにパンを作り過ぎたから取りに来させたのじゃないのかい?」


「それも勿論あるがの、本題は君じゃよ」


 そう言ってゴルドックさんは僕に指を差す。それを聞いて僕は首を傾げる。僕のことが気になるのは分かる、エレさんを呼んだつもりが知らない男まで着いてきたのだから。

 でも、本題と言うからには、僕のことが目的でエレさんを呼び出した事になる。


「僕ですか?エレさんが手紙か何かで伝えてたんですか?」


「いや、私は何も送ってないよ。師匠はいつノワ君の事を知ったんだい?」


「それは秘密じゃよ。まあ確かにここに来る前からノワ君の事は知っておった。勿論君が訪問者だと言う事ものう」


 それを聞いてゾッとする。僕が訪問者だと知っているのはエレさんだけのはずだ。そもそも、僕はこちらに来てからまだエレさん以外には接触してないはず。


「僕にどういったご用件ですか」


 僕は少し警戒して問いかける。


「ほっほっほ、そう警戒するでない。別に取って食ったりはせんわい。20数年ぶりの訪問者がどんな奴なのか気になっただけじゃよ、ちっとばかしお願いもあるがの」


 張り詰めていた空気が緩み、ふぅーと息を吸い込む。何を頼まれるのかは気になる所だが、いきなり何かされる訳ではなさそうだ。


 ゴルドックさん、エレさんの師匠でパンを焼くのが好きなお爺さんと思っていけど、掴みどころが無い感じがエレさんにそっくりだと感じた。

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