ちょっとしたお願い

「はぁー、師匠の秘密主義は相変わらずだね。それでノワ君にお願いがあるって言うのはどういった要件なんだい」


 エレさんはやれやれと言った風に首をすくめる。


「なに、簡単な事じゃよ、ちょっと街までお使いを頼まれてほしくての」


「……お使いですか?別にいいですけど、でもそれ僕である必要あります?」


「その疑問も最もなんじゃが、いかんせんワシもエレノアも街に顔を出しづらくての」


 この話を聞いて思ったが、エレさんはどういった立場なんだろうか?それにそのエレさんの師匠であるゴルドックさんも街に顔を出しにくいというのも不思議な話しだ。


「ちょっと待ってくれ師匠、ノワ君はまだこちらに来たばかりで街なんて行ったことがないよ」


「そうですよ、お使いと言われても何処に届ければいいか分かりませんし」


 エレさんが言った通りに、僕はまだこの世界に来てから日が浅く、街も最初にいた場所以外は殆ど知らない。それにあの時は無我夢中で走っていたから、ほとんど記憶に残ってもない。


「そこは心配せんでもクレアを同行させるから問題ない。本当はクレアだけで行ってもらうつもりじゃったが、あの性格じゃから心配での」


「成程、それでちょうど僕が適任だったって訳ですか。それにしてもクレアちゃんとですか……」


 そう言ってクレアちゃんがいる方に視線を向ける。彼女は未だにこちらをチラチラと見るぐらいで、目を合わせてくれない。


「なんじゃクレアとでは不満かの?結構別嬪さんだと思うんじゃがな」


「いや、不満がある訳では無いんですけど、クレアちゃんが嫌なんじゃないかなと」


「ほっほっほ、大丈夫じゃよ、クレアも君を嫌ってる訳ではない。君はエレノアの紹介もあって比較的マシな方じゃぞ」


 再びクレアちゃんの方を見るもやはり、目は合う事はない。しかし、一応ゴルドックさんの言うことも間違いではないようで、その場で小さく頷いているように見える。


 そして、僕はゴルドックさんのお願いを承諾することにした。土地勘どころか、まだまだこの世界に対しては幼児並みの知識しかない僕と、極度の人見知りのクレアちゃんという不安なパーティ構成だが、街への興味を抑える事が出来なかったのである。

 それに、折角ならこの世界の色々な場所を見てみたいというのは、以前から思ってた事だし渡りに船と言った感じだ。


 色々不安ではあるけど初めての街か、何があるのかワクワクするな、とそう思ってたんだけど——



(気まずい、気まず過ぎる!家を出てから30分ほど経ったけどまだ一言も喋ってないぞ。それに、距離もだいぶ離れてるし)


 まずい、流石に何か話さないと間が持たない。


「き、今日はいい天気ですね!」


「…………はい」


 やらかした、いくら何でも天気の話は駄目だろ。会話が続くわけがない。しかし困った、年下の女の子と話す内容なんて、僕には分からないぞ。

 そんな風に困っていると、ふと前の方から囁くような声が聞こえる。


「あなたは、貴方はエレちゃんとどんな関係なの?エレちゃんは友達って言ったけど、そうは見えない」


 いきなりな事で驚いたが、クレアちゃんから話しかけてくれたようだ。しかし、困った。エレさんと僕がどういった関係かと聞かれれば、僕自身もよく分からないのだ。

 確かに、友人とは少し違う。かといって知人というほど、距離が離れている訳でもないと思いたい。ゴルドックさんとエレさんのような師弟でもないし、何という言葉が適切なんだろうか?


「う〜ん、難しいな。これがお互いの関係を表す言葉として適切かどうかは分からないけど、エレさんは僕にとって恩人というのが適切かなぁ」


「恩人……貴方もエレちゃんに助けられたの?」


「そうだね、右も左も分からない僕に色々教えてくれて、助けてもらったんだ」


「私と一緒……エレちゃんは良い人だもんね」


 声が小さく、初めの方はうまく聞き取れなかったが、エレさんが良い人という事には賛成だ。少し変わった人なのは確かだけど、彼女には随分助けられたものだ。


「クレアちゃんはエレさんの事が好きなんだね」


「うん!」


 ようやく、クレアちゃんと目が合った気がした。それにさっきよりも近くで話が出来ている。エレさんの話題を切っ掛けに、少しは信頼してくれたようだ。何はともあれ、クレアちゃんとの距離が縮まった事に安堵する。


 気がつけば街がもうすぐそこまで近づいていた。

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