灰の魔法使い

 街に入ると、大勢の人がしきりに行ったり来たりとしておりとても忙しそうだ。以前も賑やかだったが、今回はその比じゃないほどの喧騒が広がっている。


「クレアちゃん、今日って街で何かあるの?」


「えっとね、実は今日は四年に一度の祭があるの」


「お祭り?」


「私も詳しくないけど、各種族の繁栄と平和を祝う祭りらしいよ。私前から行きたいってゴルお爺ちゃんにお願いしてたから……」


「それで今日お使いって事で僕達を街に送ったんだ。それだったら祭りがあるって言ってくれても良かったのに」


「多分驚かせたかったんじゃないかな?ゴルお爺ちゃん、人を驚かすの好きだし」


 周りをよく見れば、街全体に装飾がなされており華やかに仕上がっている。加えて、奥の大きな通りでは露店のようなものが沢山並んでおり、随分賑わっているようだ。


「サクッと頼まれたものを買い揃えて、お祭りの方に行こうか」


「うん!早く終わらせちゃお」


 僕達が頼まれたのは簡単な食料品と日常用品の買い出しだ。あまりに簡単なお使いの内容に驚いたが、今思えばクレアちゃんをお祭りに行かせてあげるための口実に過ぎないのだろう。


「にしても、凄い盛り上がってるね。こんなに大きな規模の祭りは初めて見たよ」


「私も来たことがあるのは随分昔で覚えてなかったから、凄いびっくりしてる」


「クレアちゃん人混みとかは大丈夫なの?」


「話しかけられたりしなければ多少は大丈夫かな」


 ちょうどそんな話をしている時に、ふと横から声がかけられる。


「そこの嬢ちゃん、坊ちゃんラッカの飴買っていかないかい?」


 声の方角に顔を向ければ、そこにはガタイの良いおじさんが、腕まくりに鉢巻といったいかにも屋台の店主であると言った風貌で立っていた。


「あっ、えっと……あの……」


 クレアちゃんは、いきなり声を掛けられたことに驚き、ワタワタとしている。


「おじさん、ラッカの飴って何ですか?」


「お前さんラッカ飴食べたことないのかい、そいつは人生の半分を損してると言っても過言じゃないぜ」


「そこまで言われたら買わなきゃですね。一つ、いや二つください」


 クレアちゃんも気にはなるようで、チラチラと見ていたのを察して二つ注文する。

 お使いように渡された金銭は随分と多めに渡されたため、大分余っている。ゴルドックさんが気を利かせてくれたのだろう。


「おっ、気前いいねぇー。カッコいい坊ちゃんにはサービスだ、二つともデカめに作ってやるよ」


 どうやら前の世界で言う水飴みたいな感じのようだ。おじさんは、伸びる飴を手際よく棒に巻き付けて、こちらに渡してくれた。


「ありがとさん、また来てくれや」


「ありがとうございます!行こうかクレアちゃん」


「…………おじさん、ありがと……」



 それから暫くは、色々な出店を行ったり来たりして楽しんだ。見た事がない食べ物や、出し物が沢山ありついつい僕もはしゃいでしまった。

 今は、一息つこうと人混みを離れて休憩をしていらところだ。


「あー疲れたー、年甲斐もなくはしゃいじゃったよ」


「私も楽しかった、多分1人だったらこんなに楽しめなかったと思う。今日は一緒に来てくれてありがとう」


 不意ににっこりとこちらに笑顔向けてくるクレアちゃんに目を奪われる。何だか勝手に照れ臭く感じて、つい顔を背けてしまった。


 その時、ふと目の前を蝶が横切っていく。エレさんが魔法を使う時のような色が付いているものではないから、きっとあれは普通の蝶なのだろう。

 別に蝶なんて珍しくもないんだろうけど、つい目で追ってしまう。よく見ればあちら、こちらにフラフラと飛んでいるのが見える。

 思えば、僕の異世界生活も蝶を見つけたのが始まりだったなと物思いに耽る。


「ノワ君何見てるの?」


「いや、なんだか蝶がいっぱい飛んでるなって」


 それを聞いてクレアちゃんは驚いた顔をする。


「えっ?蝶なんて何処にも飛んでないよ」


「それってつまり……っ! 危ない!」

 僕は咄嗟にクレアちゃんの腕を引っ張って、上に覆いかぶさる形で彼女を庇う。一匹の蝶がクレアちゃんに当たりそうになった。

 嫌な予感がする。僕にしか見えないって事はつまり、あれは黒い魔精だ。


 次の瞬間、あちこちに居た蝶が一斉に群れとなり、大通りへと凄まじい勢いで向かっていく。それは徐々に黒い塊となり、あっという間に大通りを埋め尽くしてしまう。


 僕の目にはもう、祭りを楽しんでいた人の姿は見えなくなっていた。ただあるのは黒塊が蠢いているだけ。


「えっ何?一体急にどうしたの?」


 クレアちゃんが何か言ってるようだが、僕の耳には何も入ってこない。その後、一分だろうか、はたまた数十分はこうしていた様な気もするが、漸く大通りの全貌が見える様になってきた。


 異様な静かさだ、先程までの祭りでの賑わいは嘘の様に消え、不気味な静寂のみが漂っている。


「な、一体何が、何が起きたの?」


「分からない……でも嫌な予感がする」


 僕達は急いで、先程まで祭りが行われていた通りへと向かう。そこに広がっていたのは、衝撃の光景であった。


「これは……何で誰も居ないんだ!」


 よく見れば、地面には灰の塊の様なものが沢山できており、それが時折風に吹かれて空に舞っている。


「いや……いや!これあの時と同じ……」


「クレアちゃん?クレアちゃん!」


 彼女はその場でかがみ込み、動かなくなる。何が起きているのか状況が整理できない。ふと、先程ラッカの飴を売ってくれたおじさんが居た露店の方を見るも、そこにあるのは薄汚れた灰が落ちているだけ。

 最悪の状況が頭をよぎる。もしかして、皆んな灰になってしまったのか……。


「おやおや、おやおや!なぁんで私の魔法の後に生き残っている人間がいるのかな?」


 静寂の中に、一つの声が響き渡る。そこに立っていたのは、不気味な格好をした男だった。燕尾服に身を包み、顔にはピエロの様な化粧を施している男は、まるで悪魔の様にも見える。


「お前は誰だ!」


「随分と躾のなってないガキですね。人に名前を聞くときは、先に名乗らなければ。まあこれから死ぬ、チリの名前なんて興味ないですけど」


「——っ!これはお前がやったのか」


 死という言葉に、体が震えた。狂気を宿した目から感じる。こいつ、本気で殺すつもりだ。


「そうですとも!随分スッキリしたでしょ。私のユニーク魔法で皆んな灰になっちゃいましたぁ!」


 僕は必死に考える。クレアちゃんを連れてコイツから逃げるにはどうすればいいんだ…。


「まあ冥土の土産に名前ぐらいは教えてあげましょうか。是非とも死んだ後に冥界に名前を広げてください」


彼は一拍置いて、高らかにこう告げる。


「私の名前はシェダー・、灰の魔法使いと呼ばれてます。どうぞ、お見知り置きください」



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