託すもの


「行くんじゃな」


「ええ」


 ゴルドックさんはもう僕のことを止めはしなかった。


「分かった……ならお前さんにこれを託そう。ヤツらを探す手掛かりになるじゃろう」


 そう言って手に取ったのは、先程説明があったランタン型の魔道具。中にはまだトカゲが色を纏って、中の壁を登ったり、降りたりと忙しなく動いていた。


 僕はそれを見つめながら首を傾げる。


「これが一体なぜ手掛かりになるんですか?」


「ノワ君、お主に質問するが、魔精というのはどうすれば発現するか知っておるか?」


「どうすればって……魔法を使う時じゃないんですか?」


「そうじゃ。正確に言うなら魔力を練り、その魔力を糧に魔精を呼び出し、その魔精が現象を引き起こしておる。」


 それは以前エレさんに教わった。水や炎を生み出しているのは魔力じゃなくて、あくまでも魔精である。僕達はあくまでも魔力を使って魔精を呼び出し、誘導してるに過ぎないんだと。


「そう言うならば、魔力が無ければ魔精はこの世に姿を表す事ができなのじゃ。今このランタンの中におる魔精もあくまで、ワシと言う存在が近くにいて、魔力の残滓を感じれるからここに留まっておる」


 とどのつまり、ゴルドックさんとこのランタンが離れれば、この中に居る魔精が消えてしまうと言う事であっているだろうか。


「実際に見せるのが早いかのぉ、今からワシが出来る限り魔力を絶つからよく見ておれ」


 そう言うと同時に、ゴルドックさんの気配が急に希薄になった様な気がした。確かに目の前にいるのに、まるで消えてしまったみたいな。


 ランタンに目を移せば、中にいた筈のトカゲの姿はなく、代わりにあるの魔精が放っていた色と同じ色をした炎が、揺らめいている。


「まあ簡単な話、ワシの魔力を感じればこの中の魔精は姿を表し、魔力が感じれなければ炎に姿を変えるのじゃ。まあ普通は魔力の残滓程度じゃ魔精は姿を見せんが、この魔道具には特殊な細工をしておる」


 ゴルドックさんが話し出すと、ランタンの中に再びトカゲが現れる。


「……この魔道具の仕組みと、魔精の特徴は分かりましたけど、それがシェダー達を見つけるのにどう関係するんですか?」


 僕は堪らず質問した。長々と聞いてはいたが、一向にそれがどう手掛かりになるのか分からないからだ。


「魔法というのは、強い魔法を使うほど長く魔力が残留するんじゃ。あの時放った魔法は、ワシが使える中でも最も強力な魔法じゃった」


 僕はあの、まさに太陽の様に見えた魔法を思い出す。あの時、黒い雨を降らした男に直撃したあの魔法を。


「つまり、あの男にはゴルドックさんの魔力の残滓が残っていると?」


「魔力の8割を使って放った魔法じゃ、恐らく完全に消えるまでは2ヶ月は掛かるじゃろう。とすれば、その期間の間にヤツらに近づけば、そのランタンにワシの魔精が姿を表すという事じゃ」


 ゴクリと唾を飲み込む。分かってはいたが、エレさんを連れ戻すには、シェダー達に再び近づかならばならないのだ。


「まあそれを除いても便利な道具じゃ、魔精一匹で半永久的に明かりが付くからの」


 僕はゴルドックさんの手からランタンを受け取る。


「後はこれじゃ」


 そう言うと懐から掌サイズの麻袋を取り出して、僕に手渡してきた。外見とは裏腹に、ズッシリとした重さが掌に広がる。


「先立つものが必要じゃろ、持っていきなさい」


「でも……」


「いいんじゃよ、もうワシが持ってても意味がないものじゃ。本当なら付いて行きたいところじゃがの……せめて金ぐらいは出させておくれ」


有無を言わさぬその様子に、僕は素直にそれを受け取らざる得なかった。


「……ありがとうございます!」


 それを境に、僕はゴルドックさん達の元を離れた。決して後は振り返らない。ただエレさんを助け出す事だけを考え、前を向いて進んでいった。



「行ってしもうたの……」


「うん……」


 狭い地下部屋に残された、ゴルドックとクレアは二人で地上へと続く階段を眺めている。


「クレアはそれでいいんか?」


 ゴルドックはクレアの方を見ずに、問いかける。それに対して、クレアは驚いた様な声を上げた。


「えっ?」


「付いて行きたいんじゃろ? 顔を見れば分かる」


「でも……私。多分行っても迷惑だよ……あの時だってノワ君に助けて貰ってばっかだったし」


 クレアが思い出すのは、あの街での出来事。何も出来ず、ただ腕を引っ張られ、庇ってもらい助けられてただけの光景を。


「クレア、人はなどんなに勇敢な人間でも、孤独には決して勝てないんじゃ。ノワ君はこれから一人で強大な敵に立ち向かおうとしておる」


 ゴルドックはゆっくりと、言い聞かせる様にそう言った。それを聞いて、クレアはハッとした顔をした。


「支えてあげなさい、一緒にいるだけでもきっとノワ君の助けになるじゃろう」


「私に出来るかな?」


「出来るとも、なんと言ってもワシの孫じゃからな」


 返事はなかった、聞こえてくるのは徐々に遠ざかる、階段を駆け上る足音だけ。


「ほっほっほ、後は若者達に託すとしよう。きっとあの2人ならば……」


 地下を照らしていたロウソク火が消えた。空間に残ったのは、ただ寂しげな静けさだけだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る