旅立ち



 今僕が歩いているのは、あのシェダーの手によって灰と化した町からさほど離れてない森の中である。


 目指すのはここより遥か西、パプニカ共和国を出て、さらにデルト帝国を抜けた先にある秘境。


 今いる森は、パプニカ共和国のちょうど中央に位置してある。この森を抜け、いくつかの町を越えた先がデルトとの境界線となるのだ。


 気の遠くなる話ではあるが、悔しくも2ヶ月というタイムリミットが設定されてしまった今、ゆっくりとは出来ない。


 それでなくとも、エレさんがいつまで無事でいるのか分からないのだ、急ぐに越したことはない。


 しかし、不安がないと言えば嘘になる。土地勘が一切ない上に、常識すら最低限度しか押さえれていないのだ。不安しかないと言った方が適切だ。


 しかし、良い天気だ。空には雲ひとつなく、カラッとした快晴。時折吹く風が、ザワザワと木々を揺らし、その音が森全体に伝達される。旅の目的さえなければ、のんびりと日向で昼寝でもしたいものだ。


 そんな事を考えながら歩いていると、後ろから誰かが走ってくる音が聞こえる。その後は徐々にこちらに近づき、僕は思わず身構える


「待って!」


「クレアちゃん!?」


 僕は驚いて声をあげた。なんでこんな所にクレアちゃんが。


「どうしたの? 何か伝え忘れたことでもあった?」


「ハァハァ、えっと……あのね、……私も連れて行って欲しいの!」


 僕はクレアちゃんの言葉を聞いて考える、気持ちは嬉しい、けれども実際に連れて行くとなると話は別だ。自分の身すら守れるか分からないのに、クレアちゃんの事まで面倒を見ることはできない。


「気持ちだけ受け取っておくよ……クレアちゃんを連れて行くことはできない。あまりにも危険すぎる」


「危険なのはわかってる……でも!」


「前みたいに、今度はエレさんも、ゴルドックさんも助けに来てくれないんだよ。僕には、クレアちゃんを守る力がない」


「守ってなんか欲しくない! 確かに私は弱いかもしれない……でも、もう待ってるだけなのはイヤなの!」


 僕は言葉を失った、クレアちゃんは今まで聞いたこともない大きな声を上げ、その目には強い意志を感じさせた。僕は大きな勘違いをしてたのかもしれない。


「ごめん……クレアちゃんの事を見誤ってたみたい。そうだね、僕も実は一人でエレさんを助けに行くのは不安だったんだ。よかったら……僕のことを助けてくれないかな?」


「任せて! 私がノワ君を支えてあげる」


 心強い仲間が増えた、多分クレアちゃんは僕なんかよりよっぽど強いや。守るどころか、僕が助けられる事になりそうだ。


「クレアちゃん」


「ん?」


「エレさんを連れて、3人でゴルドックさんの元へ帰ろうね!」


「うん!」


 この時のクレアちゃんの笑顔はまるで、野に咲く花のようで、見るだけで僕の中にあった不安を消し去ってくれた。彼女がそのまま、僕の手を取り駆け出そうとした正にその時——


 ガサッ、音と共に少し遠くの茂みが揺れる。


 クレアちゃんが、びくりと肩を跳ね上げさせ、僕へとしがみつく。油断していた、もう僕達が居るのはまだ浅いとは言え森の中なのだから、魔獣の一つや二つ出てもおかしくない。


 それはガサガサと音を立てながら、徐々に近づいてきて、遂には僕達の目の前の茂みにまで、その音の主がたどり着いた。


 僕はクレアちゃんを背中に隠しながら、それに対して身構える。頼む、せめて僕が使える魔法程度でも対処できる魔獣にしてくれよ。

 僕は意を決して、一歩前へと踏み込む。


「ワォン」


「「ハルティ!?」」


 茂みから勢いよく飛び出してきたのは、僕達がよく知る魔獣。ゴルドックさんの家に居たはずのハルティであった。


「ハルティ、着いてきちゃったの? ゴルお爺ちゃんは?」


 ハルティは行儀良く座り、こちらを見つめるばかり。


「もしかして、お前もエレさんを助けに行きたいのか?」


「ワァフ」


 僕がそう尋ねると、その言葉に同意するかのようにハルティは短く鳴いた。


「うーん、ゴルドックさんを一人にするのは忍びないけど、僕なんかよりよっぽど強そうだし……付いて来てくれるか?」


 ハルティは任せろと言わんばかりに、尻尾を振りながら頷いた。


 気がつけば、随分賑やかな、ちぐはぐパーティが完成していた。初めは一人でも助けに行くんだと決意していたが、やはり仲間がいるととても心強い。


 僕達は横に並び再び歩き出した。まだ森の入り口、この先にはまだまだ沢山の困難が待ち受けてるだろう。それでも、僕なら。いや、僕達ならきっと乗り越えていける。横を歩くクレアちゃんとハルティ遠見ながら、僕はそう感じた。



 心優しき色盲の少年、勇気あるまだ幼き少女、知的な魔獣。冒険のメンバーは揃った、さあ色彩を取り戻す旅の始まりだ。
















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