第一章 神の住む森

門番

 その後、僕達は森を抜けるためにも、奥の方へとずんずんと進んでいった。


 道中、小型の魔獣に襲われることもあった、ツノの生えた兎、羽の生えているカエル、植物に擬態した大きい虫。しかし、その全てがハルティの胃の中へと消える事になった。


 そのお陰もあり、僕達はかなり順調に進むことが出来た。森の中に整備させていた道は無くなり、今では獣道を掻き分けながら進んでいる。


 最初の頃とは異なり、森の様子も随分と変わった。生い茂る木々の背も高くなり、地面に届く光が少ないため全体的に少し薄暗い。

 足元も悪く、油断すれば足を滑らしそうだ。


 出来ることなら今日中に森を抜けたいところだけど……正直今森のどの辺なのかは分からないので、何とも言えない。


 一応、ゴルドックさんから地図は貰ってきたが、スマホのナビ機能のようなものがついてる訳もなく、道に関してはハルティ任せなところがある。


 クレアちゃんも険しい山道を文句も言わず、しっかり着いてきている。最初は少し着いてこれるか不安だったが、その心配は無用だったようだ。


 さらに森の中を歩くこと数時間、太陽も少しずつ傾き始め、木々の隙間からは茜色の光が差し込まれる。


「これ、今日中に森を抜かれるかな?」


 自身の見通しの甘さを後悔する、森なんて向こうでもここ数年は行ってなかったから油断していた。


「……ちょっと厳しいかもね。でも大丈夫だよ、見て! 野宿とか出来る様に色々と持ってきたんだから」


 そう言って胸を張るクレアちゃんではあるが、持ってきたって一体どこに?彼女が持っているのは肩がけの小さな鞄のみだ。


「でも、そんなに荷物を持ってるようには見えないけど……」


「ふっふっふ、ノワ君は知らないと思うから教えてあげるね。この鞄はなんと! 見た目に反して多くの物を入れれるのに加えて、重さも軽くしてくれる優れものなんだよ」


 おおっ流石ファンタジー、そう言った便利な物まであるんだ。この先の旅を考えると、とても助かる。


 それに、野宿なんて経験は一度もないが、少しワクワクしているのも事実だ。


「それならここら辺で休憩にしようか、暗くなってから無理して進むのも危険だからね」


「賛成ー」


 そう言った後に、僕達は野宿の準備をしようと荷物を下ろそうとしたその時、ハルティが木々が生い茂る方向へと唸り声を上げる。


 僕達も直ぐにそれに気づいて、ハルティが睨みつける方向から距離を取った。


「立ち去れ」


 その方向からは男なのか、女なのか分からない、抑揚のない声が聞こえてくる。


「誰だ!」


「立ち去れ、森を知らぬ者よ。立ち去れ……」


 俺は声の主に叫ぶが、返ってくるのは同じような調子の声のみ。声の正体を探るために、左右を見渡すも何処にも姿は見当たらない。


「見て! 上だよ」


 クレアちゃんがそう言って上を指差す。


 その方向には、木の枝に器用に立つ人の姿。いや、人と言うには格好があまりに不気味であった。

 獣の頭蓋骨のような物を被り、全身には獣の毛皮のような物を纏っている。その姿は、獣が人のふりをしていると言った方が適切な気がする。


 加えて、その人物の傍にいる狸のような、アライグマのような色を纏った存在は恐らく、魔精であろう。つまり、この人も魔法が使えると言うことか。


「すいません、貴方が何者かは知りませんが、僕達は森を抜けたいだけなんです」


 僕は敵対しないよう、出来る限り丁寧に話しかけた。


「ならぬ」


 しかし、返ってくるのは同じ返答のみ。


「どうしてですか!」


 僕は思わず声を荒げた。


「……ここから先はオオモリ様の領域、何人たりとも通しはしない」


 話は全く聞いてくれそうにない、オオモリサマってのが何か分からないけど、中々面倒なことになった。


 森を抜けずに、迂回することも出来なくは無いが、かなりの遠回りになる。出来ることなら、このまま森を横断したいのだが。


 僕は再び、声の主を見上げる。


「貴方は何者ですか? オオモリサマってのは一体何なんです」


「……私はこの森の民、オオモリ様はこの森の守り神だ。これ以上話す事はない、立ち去れ」


 駄目だ、話にならない。ここは一度引いて、こっそりと抜けるのが良いかもしれない。僕はクレアちゃんの近くに寄り、耳元で囁いた。


「クレアちゃん、ここは一度引こう」


「……でも!」


 クレアちゃんは、何か言いたげな表情で僕の方を見てくる。分かっている、急ぎたいのは僕も同じだ。


「ここであの人と対立するのは好ましくない、一度引いて作戦を考えよう」


 渋々と言った表情ではあるが、クレアちゃんも小さく頷いてくれた。僕達はそのまま後退し、先程の場所から少し離れた場所で、一夜を過ごすこととなった。


 順調に進むはずの旅であったが、いきなり出鼻を挫かれるような状況に陥った。


 さて、どうしたものか……







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