侵入者


 僕達は今、先の場所からかなり離れた所で野宿をしていた。日は既に沈み、森は完全に暗闇に包まれていた。その中で光るのは、僕達が囲う薪の火と、ゴルドックさんに貰ったランプの光のみ。


「それでどうするの?ノワ君、ここを通らないと、かなり遠回りになっちゃうけど……」


 不安そうな顔をしたクレアちゃんの顔に、ランタンの光が当たり影を落とす。


「正直、困ってるんだ。戦闘になるような事は出来れば避けたいし……」


 僕達の最高戦力はハルティで、僕自身には戦闘能力が殆ど備わってない。だから戦闘とかは避けたいんだけど。あの様子だと黙って入ったのを見つかれば、攻撃されるのは間違い無いだろう。


 ハルティを見れば、クレアちゃんの近くで体を丸めて目を瞑っていた。


「というか、そもそもあの人は何者なんだろうね。結構ヘンテコな格好してたし、森に住む民族的なやつなのかな」


 僕の疑問に答えるように、クレアちゃんが反応する。


「それなら、むかしお爺ちゃんに聞い話だけど、多分あの人はマド族だと思う。この森に昔から住む人達らしいよ」


 そこでクレアちゃんは言葉を止め、首を傾げた。


「でも、マド族の人達は結構温厚って聞いたし。それに、森が通れないなんて聞いたことないけど……」


「うーん、となると森の横断を邪魔するようになったのは、最近かもしれないね」


 ここ最近で森に何かあったのだろうか?元の森を知らない僕からすれば、あまりおかしい所がある様には思えないんだけど。


「僕には分からないんだけど、クレアちゃんは何か森の異変とかに気がついた?」


「……異変ってほどじゃないかもしれないけど、魔獣の数が思ってたより少ないのかな?」


 何か関係があるかもしれないが、正直ここでこれ以上話してもどうにもならなさそうだ。


「取り敢えず、明日もう一度明るいうちに頼みに行ってみる?」


「話を聞いてくれるようには見えなかってけど……」


「だよねー、会話が成り立つ感じじゃなかったし。……仕方ない、こっそり抜けていく事にしようか」


 僕は、伸びをしながら地面に寝転がる。


 辺りは不気味なほど静かで、生き物の気配はまったく感じない。成程、確かに森の中だと言うのに虫の音一つ聞こえないのは、違和感があるな。


 そんな事を考えながらも、慣れない森での活動に疲れたのか、横になるとあっという間に睡魔が襲ってきてた。




 目が覚める。


 日はまだ登り切っておらず、辺りは未だ薄暗い。秘密裏に侵入するにはもってこいだ。


 隣を見ればクレアちゃんがすやすやと寝息を立てて眠っている。どうやら2人とも同時に眠ってしまっていたようだ。本当なら見張りを立てて、交代で眠ろうと思ってたのに、いつの間にか寝てしまっていた。


 ハルティを見れば体を丸めたままではあるが、起きているようで耳が時折ピクピクと動いている。僕達の代わりに見張っててくれたようだ。


 その後、クレアちゃんが目を覚ますと同時にハルティも動き出し、出発の準備は直ぐに整った。


 さて、再チャレンジと行きますか


 僕達は早速、昨日追い返された場所辺りまで移動する。辺りの様子に変化はなく、少し見にくいが依然として木の上には、昨日出会った人と同じ様な格好をした人が辺りを監視していた。昨日とは違い、随分ガタイが良いように感じる。


 僕達は身をかがめながら、物音を立てないようにゆっくりと慎重に木々の隙間や茂みの中を進んでいく。


 監視をしている人のラインは超えた、これでようやく前に進むことができる。


 そう思ったらその時——くしゅん、と後ろの方でもの音が。クレアちゃんは、慌てて口を押さえるも時既に遅し。


「誰だ!」


 まずい、見つかった!


「クレアちゃん、ハルティ! 逃げるよ!」


 そう言って急いで立ち上がり、駆け出そうとするも。


「逃すか!」


 そう言って、監視者は持っていた弓を此方に向けて、矢を放つ。


「——くっ、……我火を求める! ガルム!」


 僕はそれを迎撃するために、自身が使える簡単な火の玉を放つ魔法を唱え、自身の周りには、色の付いた羽が舞い散る。


 矢は魔法とぶつかり合い、勢いを失い地面へと落ちる。しかし、監視者は第二射を放とうと、既に弓を引き絞っている。


「ガルァ」


 矢が再び放たれる直前、ハルティが背後から勢いよく飛びかかった。此方に意識を向け不意を突かれたのか、相手は地面へと倒れ伏す。


「ノワ君こっち、今のうちに!」


 先を見れば、クレアちゃんが道を確保して、こちらに手を振っている。僕はそこを目掛けて、一目散に走り出す。


「ハルティも早く!」


 出来れば穏便にすましたかったが、仕方ないか。正当防衛って事で許してくれ。


 後方からは、甲高い笛の音が響き渡る。僕達が侵入した事を仲間に知らせたのだろう。


「どうしよう、私のせいだ……」


「反省は後にしよう、今はこの状況をどう抜けるかだよ」


 僕達は茂みに身を潜めるながら、コソコソと話していると、辺りにヒラヒラと葉っぱが舞い落ちてくる。


「まずい、見つかった!」


 僕はそれを見た瞬間、自身が見つかったのだと悟る。森の中で葉っぱが落ちてくるのなんて、普通なら何も感じないが、その葉っぱに色がついてるなら話は別だ。


 魔法がくる、そう思い瞬時に周りを警戒する。


 地面が淡く色ついた。


「皆んな避けろ! 下だ!」



 次の瞬間、地面からは大量の木の枝、いや根っこの様なものが触手の様に僕達へと襲いかかってきた。


「……森を知らぬ者よ、警戒は既に昨日したはずだ」


 上からは記憶に新しい声が聞こえてくる。


 くそっ、完全に囲まれた……


 周囲は既に相手の魔法によって呼び出された、木の根っこに囲まれて逃げ場がない。よく見れば、同じ様な格好をした人も集まってきている。


 絶体絶命って感じか……


 額から冷たい汗が流れ落ちるのを感じた。

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