森の裏切り者


「……もう逃げ場はない、諦めろ」


 何となく予測はしてたけど、完全に敵対モードか。しかし、ここまで対応が早く、攻撃的とは予想外だ。


 相手はこちらの出方を伺っているのか動きはない、ただ僕達を取り囲み、退路を断つのみ。気配を殺して、じっと構えるその姿はまさに狩を行う直前の獣そのもの。


 辺りには不気味な静けさが広がっており、風が木々を揺するザワザワとした音がやけに大きく聞こえる。僕はその緊張感に耐えかねて、声を上げる。


「僕達をどうするつもりだ!」


「……既に警告はした。言葉で分からないなら、少し痛い目に合ってもらうしかあるまい」


 その言葉を契機に、周囲の魔法により生成された根っこと人影がジリジリと距離を詰め始めた。全て把握できていないが、少なくとも人数は5、6人以上。


「ガルルル」


 ハルティはそれに対して、身を低くしながら唸り声を上げる。僕もいつでも動けるように構えるが、人数差に加えて魔法の相手までするとなると、ハルティ頼りの僕達にはなす術がない。


「……やれ」


 人影が一斉に飛びかかる、その刹那。


「ちょおっと待った! いつからこの森は蛮族の住む森になっちまったんだ〜?」


 声の主は、木々の枝を器用に飛び回りながら此方に近づき、そして一気に跳躍し僕達の前に着地する。


 その男性は、長い髪を後ろで束ね、ガタイの良い肉体と長身を兼ね備えていた。そして、キレの良い瞳でリーダー格の相手を睨みつけ、手に持つ自身の身の丈ほどの長い槍で地面を軽く叩く。


「カルトスか……よくもぬけぬけと私達の前に顔を出せたな」


「おいおい、そう邪険にしてくれるなよ。同じ釜の飯を食った仲じゃないか」


「……ふん、忌々しい森の裏切り者めが」


「俺は別に裏切ったつもりはないんだけど——な!」


 カストルと呼ばれた男性が話終わる前に、周囲を取り囲んでいた木の根が一斉に男に襲いかかる。


 しかし、それをものともせず長槍を一閃。瞬く間に、根は全て切り刻まれる。


 あまりの状況について行けない僕らであったが、それは周囲の人達も同じようで、お互いにその場から動けずに居る。


「それにしても、俺はまだしも子供相手に大人気ないんじゃないのか? こんな大人数で囲って、可哀想ちゃありゃしない」


「……」


 止むことのない攻撃を飄々と捌きつつ、カストルが相手へと話しかけるも応答はない。


「ちっ、聞く耳持っちゃいないな。しゃーない取り敢えず目的を果たす事にするか……おい、お前ら出来るだけ一纏まりになって動くな!」


「えっ?」


 一瞬何を言われたのか混乱したが、即座にその言葉に従う事にする。今この場でこの男が敵が味方かは分からないが、少なくとも敵ではなさそうだとそう判断した。


 僕はクレアちゃんを抱きかかえ、ハルティの側へと近づく。


「……何をする気だ」


「何をする気かって? そんなの——」


 カストルは話しながら此方へとゆっくりと近づき、そして。


「逃げるに決まってるだろ!」



 いつの間にか手に持っていた、白い球を地面へと叩きつける。するとその場には凄まじい勢いで白い煙が爆発音と共に撒き散らされた。


「よし、行くぞ! わんころ、お前は自力で着いてこい」


 そう言うや否や、カストルは僕の首根っこをひょいと片腕で持ち上げ、颯爽と木々の隙間を縫うように駆け抜けていく。




 そこから運ばれること数分、あっという間に先ほど場所からは離れ、流れの穏やかな川のほとりへとたどり着いた。


 そこには小ぢんまりとしたテントと焚き火の跡があり、カストルがここで生活をしているのが見てとれる。


「よしっ、到着。 ふぅー、一時はどうなる事かと思ったぜ」


 カストルは僕達を地面へと下ろすと、息をつきながら大きく伸びをする。


「助かりました。えっと……カストルさん?」


「あぁ、まだ名乗ってなかったな。改めまして、俺の名はカストル・フェーベル。カストルでいいぜ」


 そう言ってカストルは軽快に笑い、こちらに手を差し伸べてくる。


「ノワールです、後ろにいるのはクレアちゃんとハルティ」


「……く、クレアです! たす、助けてくれて……ありがとうございました」


 持ち前の人見知りが発動しているのか、やや緊張気味のクレアちゃん。しかし、僕の時よりかはしっかりと話せてるように感じる。


 僕もそれに続く形で改めてお礼を言った。


「いいって、気にするな。俺もあの現場を見て見ぬふり出来るほど人間腐っちゃいねぇよ。にしても、お前ら災難だったな〜」


「ええ、本当に。こっそり抜けようとした僕達も悪いんですけど、あそこまで攻撃的とは……」


「……元々そうでもなかったんだけどなぁ。今森の中が少しゴタついててな……まあ、細かい話は飯の後にするか!」


 そう言って、カストルは川に仕掛けてたであろう網を引き上げ、中に入っている魚を手早く串に刺して、焼き始めた。


 辺りに魚の香ばしい匂いが広がり、腹のむしが鳴き始めるのを感じる。


 そう言えば、朝食食べてなかったな……


 緊張が解け、ようやく自身が今お腹が空いていたのだと分かる。気がつかぬ内に、朝からずっと緊張していたようだ。


 クレアちゃんもハルティもぐったりとしている様に見える。


 とりあえずの難は去ったか……僕はふぅーと大きく息を吐き出し、差し出された焼き魚を受け取って、齧り付いた。













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