オオモリサマ
パチリと焚き火が音を立て、僕達はそれを囲む形で座っている。食事を終え、一息をついた所でカストルが口火を切った。
「でだ、森で今何が起こってるかだったな。詳細を話せば長くなるが……因みにお前たちはこの森についてどれぐらい知ってるんだ?」
「僕はさっぱり」
「私も聞き齧り程度しか分からないかな」
「あーってことは、そこから話さないとダメか。まあ食後の腹ごなしだ、少し長くなるが聞いてくれや」
カストルは首をゴキリと鳴らすと、椅子の代わりにしていた大きな石に、改めて座り直し体勢を整える。
「まずはこの森についてだ。ここは国のちょうど中心部、規模もそれなりに大きく自然が豊かで危険な魔獣が少ないから、それなりに人も通る場所だった、ここまでは多分知ってるだろう」
カストルは一度確認し、それに対して僕達は頷く。
「だった……つまりそれは過去の話だ、ここ数ヶ月を境にこの森は誰も寄り付かない危険な場所と言われる様になった。お前達も体感しただろう、アイツらの存在だ。アイツらマド族は、今じゃあ森に近づく奴は全て敵と見做して追い払っている。それこそ、必要とあれば武力を行使してな……」
「クレアちゃんから聞きました、この森に昔から住んでて元々は温厚な部族だったって」
「ああ、そうだな。つい最近まではその認識で良かったぜ。……だがな、マド族の長が変わってすぐにオオモリ様が荒れ始め、その事を切っ掛けに部族の在り方が大きく変わる事になった」
僕達を襲ったあの集団の姿を思い出す。その記憶からは、彼らが数ヶ月前までは温厚だったなんてのは、まるで想像ができない。
「あの……さっきの人も言ってたんですけど、そのオオモリサマってのは何なんですか?」
僕は先程から気になってたワードについて質問する。
「オオモリ様はこの森に住む、マド族にとっては守り神的な存在だ。マド族は代々オオモリサマを信仰して、その庇護下で繁栄してきたと言われている」
そして、カストルはその言葉に付け足す様に、本当かどうかは知らんがと言った後に話を付け足す。
「昔の文献曰く、オオモリサマがこの森に住む様になってから森の規模が広がり、生態系が安定したらしい。それに200年前の大災害の時は、その身で川の氾濫からマド族を守り、荒れた森の中を歩けば、その足跡からは新たな生命が生まれたらしいぜ」
スケールのでかい話だ、要するにオオモリ様はマド族にとっても、森にとっても重要な存在な訳か。
「それにしてもカストルさん詳しいですね」
「そりゃ、俺もマド族の1人だったんだ。それなりに知ってるさ」
何となくは察していたが、やはりそうなのか。マド族の長との会話でも、それらしき事は言っていたが。
「……確か森の裏切り者って」
クレアちゃんは僕と同じ様に思い出していた様で、ぽつりと言葉が溢れる。そして、自身が失言したのではないかと、慌てて手で口をおさえた。
「ああ、その通りだ。俺はアイツらから離反したんだ。マド族の在り方、いやオオモリサマを信じられなくなったのさ」
僕がその言葉に対してどう反応すべきか考えてると、カストルはヨシッと言って立ち上がり、側においていた長槍を持ち上げる。
「やっぱ言葉で説明するのは性に合わねぇや、直接見に行こうや」
「えっと、何を?」
「何ってそりゃ、オオモリサマに決まってるだろ。まああれを見れば、俺が離反した理由もわかるだろうよ。よっと!」
「えっ、ちょっ」
カストルは再び僕を軽々とつまみ上げると、脇の間に抱えて歩き始める。
「えっ、ハルティ?」
それを見た、ハルティも同じ様にクレアちゃんを口で咥えて持ち上げると、軽々と放り投げて自身のは背中に乗っけた。
別に良いんだけど、運ぶなら一言言ってほしいもんだ。それに、男としてこう軽々と持ち上げられる事に思うことがない訳ではない。
しかし、そんな僕のことなどお構いなしで、カストルは森の中をどんどん進んでいく。後ろを見れば、しっかりとハルティも付いてきていた。
「先に忠告しとくぜ、多分オオモリ様の姿を見ればたまげると思うけど、絶対に声は上がるなよ。破れば……」
カストルはそこで言葉を止める。
「破れば?」
「……死ぬぜ」
僕はそれを聞いて、ゴクリと唾を飲んだ。それを語るカストルの表情が冗談を言ってる様には見えなかったからだ。
「まあ、逆に音を立てなきゃある程度近づくことは出来るのさ。アイツ目が見えてない様だからな、その分聴覚は発達して——」
カストルは急に言葉を止めると、その場から大きく跳躍して、太い木の枝の上に着地する。
「なっ——」
「しっ、静かに。来たぜ」
僕が抗議の声を上げようとするも、カストルはそれをサッと押さえ、声を潜めて告げる。
そして、カストルの視線を追った先にヤツは居た。
ああ、成程。僕はそいつを見て納得した、カストルが言った見つかれば死ぬと言ってた意味を。
目の前に居るそいつは、山の様な巨体に全身に緑の苔とヘドロのようなものを纏い、そして巨大な触手をぶら下げゆっくりと地面を這うようにして進んでいる。そして、ヤツが進むたびにボトリ、ボトリとヘドロが周りに撒き散らされ。それに触れた木々はゆっくりと腐り朽ちてゆく。
見ているだけで鳥肌が立つ、あんなのが守り神だって? マド族と言うのはどうかしてるのか。
そうだ、こいつを一目見た時に感じた感覚には覚えがある。アイツだ、シェダーが呼び出す黒い蛾の魔精を見た時の悍ましさだ。
まるで生命を侮辱する様な在り方、神は神でも完全に邪神だろこれは。
「待て、なんでアイツ色が付いてるんだよ……」
あまりの情報量に、流してしまいそうになったが、何でアイツに色が付いてるんだよ。それに、僕はあれが緑だと分かったんだ。可笑しいだろ、魔精を通して色を見ることはこの世界に来てから多々あったが、僕にはそれが何色か分からなかった。
だってそうだろ、生まれつき色が分からないんだ。それに魔精の色を見る事ができるのも僕だけだから、それが何色か知る術がないんだ。
アイツ、オオモリサマってのは魔精なのか?
いや、魔精は魔法使いが、魔法を使う時にしか現れないはずだ。何百年も前から存在するヤツが魔精なはずがない。
じゃあ、オオモリサマって一体何なんだよ……
僕はゆっくりとその場から去っていく、オオモリサマを見つめながら混乱する頭で考え続けたが、それに答えが出る事はなかった。
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