故郷
コツリ、コツリと足の階段を踏む音が空間に響き渡る。僕は今、ゴルドックさんに続く形で家から地下へと伸びる階段を下っていた。後ろには、クレアちゃんがちょこんと、僕の服の端を持ちながら付いてきている。
階段は螺旋状に続いており、壁の窪みに組み込まれる様に置かれたローソクは、ゴルドックさんが側を歩くとそれに合わすかの様に、火が灯る。
「ここじゃ、着いたぞ」
ゴルドックさんがそう言うと、今までの細い階段が終わり、少し開けた空間に出る。そこは6畳半ほどの石造りの部屋となっており、四方を囲む壁がまるで今にも押し潰してきそうな、息苦しさを感じる。
「私、長いことここに住んでるけどこんな場所があるの全然知らなかった……」
「ここは、いったい?」
「ここはの、かつてワシとエレノアが共同で魔法の研究をしていた場所じゃよ。まあかなり昔の、まだまだエレノアが幼かった頃の話しじゃがなぁ」
確かに言われてみれば、埃を被った山積みの本や、何かが書き殴られた紙の山、そして何かに使うであろうゴテゴテとした機械が投げ捨てられるかの様に置かれている様子から、研究室と言われれば、見えなくもない。
「今では、ワシも滅多に来んから埃が随分と溜まってしまっておる」
ゴルドックさんは、慣れた様子で本の山を乗り越えながら部屋の奥へと進んでいくと、何やら棚の中を覗き込みゴソゴソと漁り出す。
「可笑しいのぉ、確かこの辺にしまったはずなんじゃが。……おおっ! あったあった。」
そう言って埃を被りながら出てきた、ゴルドックさんの手には古ぼけたランタンと、丸められた初紙が握られている。
「なんですかそれは?」
「これはのぉ……まあ見ておれ」
ゴルドックさんはランタンを、積まれた本の上に置き杖を構える。そして、くぐもった苦しげな声を上げながら、ゆっくりと魔力を練り上げた。
その際に、ゴルドックさんの手に広がる痣が少し広がってみてたのは、恐らく見間違いではないだろう。
ゴルドックさんの手の甲には、いつの間にか現れた小さなトカゲの形をした魔精がいる。
そのトカゲは、スルスルと手の甲から杖へと移動すると、次の瞬間、置かれたランタンの中へと飛び込んだ。
「えっ、ランタンの中に青色に光るトカゲが……」
クレアちゃんは、驚いた様に声を上げるが、驚いたのはこっちの方だ。なんで、クレアちゃんに魔精が見えているんだ。
「ほっほっほ、驚いている様じゃな。これはの、エレノアが作った魔精を捕獲し、可視化する魔道具じゃよ」
「魔精が僕以外の人にも見えるんですか?」
「……そうじゃ、偶然の偶然が重なってできた物じゃから、世界に一点しかない特別な魔道具じゃ」
「でもこれが一体、エレさんを助けるのにどう役立つんですか?」
僕はランタンを見つめながら首を傾げる。ランタンの中では、元気よくトカゲが動き回っている。
「そう焦るでない、まずはこれを見るんじゃ」
そう言うと、ゴルドックさんは丸められた羊紙を地面に広がる。その際には少しカビ臭い匂いが、広がり顔を顰める。
覗き込めば、それはどうやら地図の様で、以前エレさんに教えながらした勉強でも、何回もこの図を見かけた。
「これは世界地図? ゴルお爺ちゃん、地図なんて広げてどうするの?」
「ワシらが今居る国が何処にあるかは、勿論二人とも分かるな?」
僕とクレアちゃんは、当たり前だと言うかの様に大きく首を縦に振る。いくら知識に乏しい僕でも、流石にその辺はエレさんに教わっている。
「正直な話し、ヤツらが何処に向かったかはワシにも検討がついとらん。が、ここにシェダーがなぜ生きていて、何を目的としているのかの手掛かりがあるはずじゃ」
ゴルドックさんはそう言うと、僕らがいる国からさらに西へ、森を越え国一つを跨いだ先を杖で差した。そこには大きく、バツ印がされている。
「手掛かりですか……? この場所は一体」
「ここは、エレノアの。いや、エレノアとシェダーが生まれ育った場所、故郷があった場所じゃよ」
「エレさんの、故郷……」
しかし、僕はそれを聞いて一抹の違和感を覚えた。
「あったって事は、今は無いってことですか?」
「鋭いのぉ、その通りじゃ。今はその場所は滅んでおる。しかしそこに行けば、確実にシェダーとエレノアの過去を知りることが出来る」
「一体昔のエレさんに何があったんですか」
「それは話せん。勘違いするで無いぞ、話したくないのでは無い、話せんのじゃ。」
僕はその話を聞いて、エレさんとした魔法使いとしての契約が脳裏をよぎる。
「契約ですか……」
「その通り、エレノアと交わした、その場所であった事を生涯人に伝えないという契約じゃ。破ればワシは間違いなく死ぬ」
僕はその言葉を聞いて黙り込む、破れば死ぬ、それほどの契約をしなければならない事が、そこで起こったのか。
「そこにある筈なんじゃ。ワシも見逃しておる、ヤツが言っておったエレノアの魔法の本質というやつの手掛かりが……」
僕は目を瞑り、エレさんの姿を思い返す。短い期間ではあってたが、一緒に食卓を囲み、時にはこの世界について教えてもらった。魔法の使い方も教わった。そして、何よりも鮮明に思い出されるのはあの絵だ。
無数の蝶がエレさんから放たれ、そして美しい彩りのある絵画が完成するあの瞬間、あの時のエレさんの無邪気な笑顔。
「じゃが知れば、もう後には戻れん。シェダーも間違いなく邪魔だと認識して、殺しに来るじゃろう。その覚悟はあるか?」
「……そこに行けば、エレさんが何処に連れて行かれたのかの手掛かりが見つかるんですね」
僕はゴルドックさんの瞳を見つめた。
覚悟はとうに出来ていた、この地図の場所までは相当な距離がある、過酷な旅になるだろう。
それでも、もう一度エレさんに会うために、恩を返すために、僕はそこに向かうことを決意した。
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