先立つものはお金と知識
あの衝撃的な日から数日が経ち、最初は魔法だ、剣だ、モンスターだと異世界チックな存在を色々教えて貰おうと息巻いていた————
が、実際はそんな事よりもまず知ることがあるだろうとエレさんに指摘され、今僕は絶賛歴史と地理のお勉強中であった。
沢山の本の山に囲まれつつ、僕はその真ん中でノートに向かいペンを動かし続けている。頭からは既にシューシューと煙が出てきている。
最初は、それぐらいなら手っ取り早く終わるだろうと僕はそう思っていたんだけど、これが思ったより曲者であった。
考えても見て欲しい、地球の歴史や地理も中高の6年をかけて勉強するのだから。それと同等、いや一切この世界について知らない、赤子同然からそれらを学ぼうとすれば、その苦労は想像に容易いだろう。
それに加えて、何よりも大変なのはこっちの世界と前の世界では文字が異なっていたことだ。言葉が通じるのだからと油断していたが、思わぬ落とし穴だった。
でも、異なってると言っても殆ど五十音がそのまま別の文字に置き換わっているだけであったから、多少の文法の違いはあれど、読むことが出来る様になるまではそれ程時間は掛からなかった。
しかし、まあ慣れてないことには違いないので結構一つの本を読むのに手間取るし、疲れる。なんというか、全てローマ字で表記された本を読み続ける様な感じだろうか。
だけど苦労の甲斐もあって、それなりにこの世界の事については知ることもできた。今はそれをいつでも見返せるように、紙に日本語で書き写してる最中だ。何回もあのローマ字もどきを読み直す気には慣れなかった。
———-この世界には3つの大陸で構成されている。その中で最もでかいカムト大陸の最も東に位置しているのが、僕たちが今いるパプニカ共和国、別名変人達の集まる国だ。
この国を語る上では先に、この世界の種族とその歴史について語らざる得ない。
この世界の生き物は、主に3つの種族「人族」「獣人族」「魔族」のいずれかに分類される。
互いの関係性については、正直言って最悪と言ってもいい。20年前に行われた大戦を境に、それ程表立って争うことはなくなれど、未だに互いに遺恨を感じている状態であるらしい。
争いの主な理由は、領土や資源の奪い合いから始まり、宗教上の対立や種族間差別などが挙げられる。争わない理由を探す方が大変なほどに、種族間には因縁が生まれてしまっている。
しかし、そんな状態にもかかわらず3つの種族が集まって作られたのがこの国、パプニカ共和国である。
先程、変人達の集まる国だと書いたがそれが主な理由だ。世間体をあまり気にせず、自由気ままに生きる者が集まっている事から、この国に住むのは変人か物好きな者しかいないと言われている。
大戦を契機に10年前に作られた、まだ歴史の浅い国ではある。だが、独特のシステムと国民性の絶妙なバランスで治安が保たれている事から、最も争いとは無関係な国とも言われてるらしい。
どの種族にも肩入れせず、来る者拒まず去る者追わず。なんとも変わった国であった———
ここまで書いたところで、僕はふと視線を上に上げる。
「あのー、あんまり見られるとやりづらいんですけど」
「……未知の言語がどうしても気になっちゃってね。凄いね、なんか別の言語3つ同時に使ってるみたいな文字だ」
日本語の事だろうか、まあ確かに平仮名、漢字にカタカナと3つの文字が混ざっているから、初めて見たらそう感じても不思議ではない。
前の世界でも日本語は難しい言語であると言われてた気もする。
「良ければ教えますけど……」
「いや、気にしないで。寧ろ全く未知の言語を一から探究出来ると言う機会はそうそうないからね。寧ろこうやって勝手に背後から覗いてるぐらいが丁度いいのさ」
なんとも変わった趣向である。勉強がそれ程好きではないあ僕には、理解し難い。
エレさんも結局例に漏れず、この国にいるという点で変わり者である事には違いない。そう思いながら、恨みがましくニヤニヤと上から覗き込んでくるエレさんを睨みつける。
「エレさん、日本語見るの楽しくて勉強ばかりさせてるんじゃない。もう勉強ばっかりで、うんざりしてきたんだけど」
学校という柵から解放されたと思ったら矢先に、これである。むしろ学校の方が勉強量で言えば優しかった。
「君に歴史を勉強させたのには、それなりに理由があるんだよ。確かに、君の故郷の言語が興味深くて、没頭来てしまったのは事実だけど」
「やっぱり!勉強するにしても、なんかこう魔法的な、ファンタジー的なやつを早く習いたいです」
「君の言うファンタジー的といったものがどんな事なのかあまり分からないけど……いいね、やろうか魔法。元々君には習得してもらうつもりだったしね」
おお!言ってみるものだ。最初見た時から早く魔法については知りたいと思っていた。
あの美しい光景を自分でも体現できると思うと、ワクワクがら止まらない。
僕は逸る気持を抑えながら、ノートの続きを書いていくのであった。
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