第4話 王から紹介された彼ら2

 にこにこと可愛らしく詰め寄ってくるルーンに、慌てて立とうとする。

 簡易的とはいえドレス姿で地面に座り込むなんて貴族の娘として見られるわけにはいかなかった。


「これはお見苦しいところを……!」

「なんで? いいよ、そのままで」


 こてん、と本当に理解できないように、ルーンは首を傾げた。


「ライラが、寛いでる姿をぼくにだけ見せてくれてる。こんな良いこと他にないでしょ」


 そんなことはないでしょう。

 真顔で問いただしたくなるが、華麗にスルーだ。

 ライラはすっくと立ち上がった。

 残念だなぁ、という声が聞こえてきたけれども、そんなものは知らない。


 とはいえ、ロイから貰った花束を渡す相手が自ら来てくれたのだ。

 片手間で渡せるなら、こんなに楽なことはない。

 ライラはふふっと微笑んだ。


「薔薇の花束を頂いたので、ルーン様にお渡ししようと思っておりましたの。貰っていただけますか?」


 ルーンはぱちくりと目を瞬かせ、可愛らしく笑う。


「わぁ、ありがと! 素敵な薔薇だねぇ。ぼくの好きなもの覚えててくれたんだ。もちろんライラからの贈り物なら何だって嬉しいんだけど」


 おお? 薔薇が好きだと知っていたのは私ではなく、ロイ殿下です!

 思いもよらないところから好感度が上がってしまった気がして、ライラは慌てた。


「いいえ、お恥ずかしながらロイ殿下からお聞きしました」

「…………もしかして、この花束を貰った相手って殿下?」


 余計なこと言ったかしら。

 そう思ったものの、隠すことでもないので頷いて肯定した。


 途端、ルーンにぎゅーっと抱き締められる。


「あああああの!? ルーンさま!?」


 顔を真っ赤にして慌てるライラをルーンは満足するまで抱き締め、そして花束を受け取った。


「ありがと。薔薇も嬉しいけど、殿下と会っててもぼくのこと考えてくれたっていうのが一番嬉しい」


 にこにこと可愛い顔で、「これはお礼」と花びらを降らせてくれる。それは本物の花びらではなく魔術による幻覚だったが、幻想的な光景であった。

 珍しい魔術も自分の好きなことにならさらっと使う。ほだされそうになりつつもルーンの顔を見て思い留まった。


 イケメンすぎるのも問題よね。イケメンは遠くから見ているだけがいい。


「あ、ぼく、お花大好きだからさ。もしまた殿下とか他の人に貰ったら、ぼくにちょうだい」

「え、ええ。そういたしますわ……?」


 ライラの肯定に満足したように「じゃあ薔薇ありがと!」とルーンは城の方に向かって帰って行った。

 ライラに背を向けた瞬間浮かんだ黒い笑みと「他の男からの花束なんてライラには似合わないんだからさ」という呟きは、幸いというべきかライラには届かなかった。







 ルーンと別れ、そう時間を置かずにイケメンその三と出会う。

 宰相の息子フリッツだった。

 会う順番でも決めているんだろうか。それとも探し回られているのだろうか。暇な人達ではないはずだが、毎度毎度よく出会う。


「これはこれは。聖女様」

「フリッツ様……聖女だなんて。ライラとお呼びくださいといつも申しておりますのに」

「いえ、この国唯一の聖女様。その通りに呼んで何が悪いのでしょう」


 真顔のままのフリッツに、居心地が悪いからだなんて、冗談でも言いにくい。


「は、はは。えーと、フリッツ様はどうなさいまして? 何か私に用事でも?」

「用事がなければ、顔も見せられないのでしょうか。それは少々悲しいですね」

「そういうわけでは」


 ないのだが、フリッツはいつもこうなのだ。

 用事もないのにライラに話しかけ、しばらく付き纏い、そして去っていく。

 何を考えているのかさっぱりとわからず、扱いづらいことこの上なかった。

 そばにいるのなら少しくらい話題を提供してくれてもいいと思うのに。


「お仕事は、大変ですか?」


 なぜ自分が進んで会話をしなくてはならないのか。

 ライラは首を傾げたくなる。


「いえ、大したことはしておりませんのでご心配には及びませんよ。聖女様の方がよほど重要な役割を持っておられますし」

「いいえ、私なんて、何もしておりませんわ」


 実際、王宮に住まわせてもらって、今まで縁の無かった豪勢な生活を味わっているだけである。

 そしてイケメンから逃げている、だけ。

 本当に何もしていない。


 落ち込みかけるライラに気づいた様子もなく、フリッツは柔和な笑顔を向ける。


「まさか。聖女様がこちらにいらっしゃるだけで、我が国の希望ですよ。そのままの聖女様でいらしてくだされば」


 そして当たり障りのない会話を続ける。

 ほんの十数分。それだけの時間を一緒にいただけだ。


「聖女様は、聖女の力をお持ちですから。きっと癒やされるのでしょう。疲れた身体も痛くなる頭も、まったく気にならなくなります」


 長い指がライラの手を取り、口づける真似をした。

 その後、彼は満足したように去っていく。

 近くにあったイケメンの顔を意識から逸らすように、イケメンの睫毛はやはり長いのだとライラは思うのだった。







 ああ、疲れたわ、とライラはぼんやりと歩く。


 怒涛のイケメン祭りだった。

 どうしてこう、もっと遠くから眺められないのだろうか、と思う。

 近すぎるのだ。気力が全て吸いとられるような気さえする。


 疲れ切った心でとぼとぼ歩いていたライラは、ずるっと大きく足を滑らせた。

 思わず目を瞑る。


「おおっと」


 抱きかかえられて、見上げると、そこには騎士キースの姿がある。


「大丈夫か?」


 心配そうに覗き込まれて、ライラは素早く手を伸ばして身体を離す。


 もういいのー! 

 いっぱいいっぱいですのでーーーー! 


 イケメンを見て、拒否反応を起こすことになるとは思わなかった。

 前世の私もびっくりよ。絶対。


「……、ありがとうございます。キース様のおかげで助かりましたわ。ご機嫌あそばせ!」


 ライラはスカートの裾を少し持ち上げ、全速力で走る。

 今こそ、外遊びで鍛えた脚力を見せるとき!

 普通の令嬢には不可能と思われる俊敏な動きで、垣根を避けて進む。


 それを、キースは微笑ましげに見つめ、「……ライラ嬢は、やっぱりいいよなぁ、元気で」と呟いた。

 その逃げ足によって好感度が上がったことなど、走り去るライラは知る由もない。

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