第6話 立入禁止の場所
「毎日毎日、よく飽きないな。聖女サマはヒマなの?」
「その呼び方やめてってば。毎日飽きないし、ヒマでもないわ」
土をいじるアルビーの横に座り込み、今日もまたライラはおかしなガーデンに顔を出していた。
「ここにきたって、誰もちやほやしてくれないぞ」
「それがいいのよ」
ライラにとって、この王宮での生活は身に余るものなのだ。
できることなら人目を気にせず、走ったり寝転んだりしたい。
聖女どころか貴族らしくないことはわかっているので、耐えているのだ。
「アルビーってば、すごく素っ気ないんだもの。本当に、優しいわ」
「……なあ、その言葉、使い方合ってる? それ」
「合ってる合ってる」
ライラは笑顔でアルビーの作業を眺めた。
植えてある植物の葉の裏を見ては虫がついていないことを確かめ、土を触り、立ててある支柱を直す。
不要な雑草は取り除いた。水も撒く。
それをアルビーは黙々と繰り返す。
「はあ、落ち着くわ」
ライラの至福の顔に、とうとうアルビーは作業する手を止めた。
「そんなにか? 俺は落ち着かないんだけど」
「えー。いいじゃない。ここには、ほんとに誰もこないから、すごく居心地がいいんだもの」
このガーデンには、人が寄り付かない。
毎日通っているが、今まで誰一人ライラは見たことがなかった。
ライラが迷いもせずたどり着けるくらいだ、決して隠された場所ではない。綺麗に彩られた観賞用のガーデンではないが、もう少し人通りがあってもおかしくないはずだ。
「──ああ。ここは、普通、立ち入りが禁止されているからな。王の命令で」
「ええ!?」
急に知った規則にライラは素っ頓狂な声を上げた。とんでもないことを聞いた。
知らなかったとはいえ、王様の命令に背いて、ここには入り浸っている。
「だだだいじょうぶかしら! すぐに出ていけば……」
いきなり居心地が悪くなったライラは慌てふためいた。
「大丈夫だろ。どこへ行っても構わないと言われたんだろ?」
「え! ええ! そうよ。そう、王様が言っていたもの」
「じゃ、問題ないんじゃないの」
本当に問題なさそうに、淡々とアルビーが言うので、ライラはほっと胸を撫でおろした。
「そうよね。アルビーがいるのだもの。私がいては駄目ってことはない、わよね」
「俺は、許可されてるんだけどな」
「~~~~もう!」
どうしたらいいのか。
やっぱり正直に謝りに行くのがいいのかもしれない。
お父様の役に立ちたいと思っていたけれど、これでは迷惑をかけてしまうことになるわ。
ライラの顔が真っ青になったとき、アルビーの口から笑いが漏れた。
「ふはっ、大丈夫だって言ってるだろ。落ち着けよ」
「! 今、笑って……!」
初めて見た。
真っ青になっていたことも忘れて、まじまじとアルビーの顔を見る。
「なんだよ」
「ううん、アルビーってちゃんと笑えるんだなって」
「大概失礼なんだよな、あんた」
「本当のことでしょう。だって初めて見たんだもの! いつも不機嫌そうに口を尖らせてるから、本当はやっぱり私がいるの、嫌なのかなって思ってたくらい」
にこにこと笑えば、アルビーはうっと言葉を詰まらせた。
「……う、そこまで、嫌ってわけじゃ」
「わかってるわかってる。ツンデレなんでしょ」
「つんでれ……?」
意味が分からないと首をひねるアルビーを見て、ああ、と思う。
これはこの世界の言葉じゃなかったわ。危ない危ない。
ライラは「誉め言葉よ、気にしないで」と言って誤魔化し、アルビーもまた気にした様子はなかった。
「でも本当にいいの? ここ、立ち入りを禁止されているんでしょう」
「……いいんだ。俺がいいと言えば問題ない」
「どうして、アルビーにそんな権限が……? まさか、もしかして偉い人……?」
恐る恐る尋ねたライラだったが、不安を吹き飛ばすようにアルビーは手を振って否定してくれる。
「いや、俺がここを任されてるってだけ」
万が一、偉い人だと言われたら、これまでの非礼を詫びなければいけなかったわ。
それはもう地面に頭を擦りつける勢いで、だ。
髪は手入れがされていないようでもっさり、長い前髪は顔の半分を隠して、服は土だらけ。
キラキラ成分がないおかげで、アルビーはとても話しやすいのだ。
ついつい素の自分になってしまう。
前世の言葉を使ってしまうほどだ。おかしな子とは思われなくないわ、と気を引き締めた。
「そう? だったら、いいんだけど」
「そっちこそ、こんなところにきていていいのか?」
質問の意図を図りかねて、ライラは首を傾げた。
「え? やっぱり毎日きてはいけないかしら」
「そうじゃない。……ここには変なものがある、から、そもそも近寄りたがるやつはいないんだ。立入禁止の場所だが、それがなくても、人はこない」
アルビーは少し言いにくそうにしていたが、ライラにその意味はわからなかった。
「そんなに変なものがあるかしら。別に悪いことが起きるわけでもないし、いろんな種類の植物があって、私は楽しいけれど」
「……たとえば、そこの変な色の花だとか、花に混ざって野菜が植えてあったりとか」
「ええ? これ? 水玉模様でかわいいじゃない。野菜はおいしいし。たまに毒草も植えてあるようだけれど、可愛い花を咲かせるし、扱い方を間違えなければ大丈夫だしね。これ、毒があるって、アルビーは知っているんでしょう?」
丁寧に手入れをする人だ。知らないわけがない。
「あ! だから、もしかして、立入禁止なのかしら。知らない人が触ると危ないから」
ライラはぽんと手を叩く。
であれば、取り扱いがわかる自分は立ち入っても問題ないのではないだろうか。
そのしてやったりの顔を見て、アルビーは息を呑み、それからふっと視線をずらした。
「……………………変なやつ」
そうアルビーは一つ呟き、また手入れを再開した。
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