第22話 ラディッシュの芽
アルビーと二人、ガーデンに戻ってきていた。
実際には短時間しか経っていないはずだが、疲れもあって、ガーデンの景色は変わって見えた。
夕暮れに近づいているから、余計にそう思うのかもしれない。
「アルビー、なんだかごめんなさい。私たちばっかり話してたみたいで。面白くなかったでしょう」
「……別に気にしてない」
「えー、そう? だったら、いいんだけど。何かあったら言ってね」
そう笑って見せた。
アルビーはこの場所に長い間一人でいて、それが心地良いものだから、他人と関わりたくないのかもしれない。
無理に付き合わせてしまったかもしれないわ、気を付けないと。
そう思っていたが、どうやらアルビーは違うことを思っていたようである。
「平気か?」
「え?」
何に対してかわからなかったが、指されて自分のことだと知る。
「なにが?」
口の中から水分が消えた。
でもちゃんと話せたはずだ。
しかし、一瞬でその努力は水の泡になる。
「テッドと話していて、一度変な顔になっただろ」
「……ソンナコトアッタ?」
「下手くそか。顔、変だった」
バレてる。どうなってるの、あの他人に興味なさそうなアルビーにそんな観察眼があるなんて!
あまりの出来事にうまく隠すことができなかった。
カタコトになってしまった言葉を今さらなかったことにはできず、ライラは観念する。ここにいるのはアルビーだけだからというのもあった。
「……さっき、テッドが言ってたの。切りつけられて、血もたくさん出て、絶対痛かったのに。そうなることをテッドも予想してたのに、"危険だと思ってなかったんだ"って。"ライラなら絶対また治してくれる"って」
アルビーは何も言わず頷いてくれた。
ちゃんと聞いてくれていることに安心して、ライラは弱音を吐く。
「こんなこと、前ならテッドは言わなかったと思うの」
ちょっと小馬鹿にした感じで、「怪我なんてすれば生活に直結する。怪我しないようにするのが賢明でしょ」って、ライラの力なんて無かったかのように。
そう言わなかったのは、きっと。
「──私が、聖女だから」
私が、ヒロインだから、だ。
気づかれないように奥歯を噛む。
だからきっとあんなに盲目的に信じてしまうのだ。それもこれもすべてはヒロイン補正のせいで。
黙って聞いていたアルビーは気だるげな様子で首を傾げた。
「俺は、彼を知らないけど、本当に信じられない相手に、身体を張るなんてこと普通はしないと思うけどな。知らないけど」
「知らないけど」
「ああ、知らないけど、だ。……魔術師たちの思惑に気づいていながら、こんなところまでのこのこやってきたわけだろ。馬鹿なんじゃないの」
気遣うように様子を窺いながら、アルビーは吐き捨てた。
知らず顰めていた眉を解いて、数回瞬いた。思わず笑う。
力が抜けていた。
「そう、ね。テッドは馬鹿じゃなかったわ。ちゃんと見抜ける人だった」
「……幼馴染だって言ってた割に、このくらいで揺らぐなんて、信頼関係も大したことないな。あのテッドとかいう男も可哀想に。自分のことを信じてもくれないやつのために血まで流して」
目は全く見えないが、ちらちらと感じる視線にアルビーの本心が見えて、ライラは大きく深呼吸をした。
アルビーも元気づけようとしてくれている。いつまでも心配をかけることは本意ではなく、努めて普段どおりの声を出す。
「ふふ、本当ね。テッドは私もこと信じてくれてるのに。……あーあ、もっと簡単に力が使えたら、こんなに心配することもないのかもしれないわ」
思いのまま力を扱えるのなら、危険を冒すテッドだって治してあげられるし、魔術師に文句は言われないし、アルビーにだって認めてもらえる。
いじけた振りをして、地面に視線をやると、踏み荒らされた大事な芽があった。
踏んだのは、不可抗力とはいえ、他でもない自分自身。思い出して顔をしかめた。
ところどころ土をかぶった芽は、横たわっている。
「あ……芽が出てきてくれて、嬉しかったのに。ごめんね。私が踏んじゃったからよね」
「それは魔術師たちのせいだろ」
「……それは、そうなんだけど」
成長しようとして出鼻をくじかれた自分に重なって見えて、余計に悲しくなった。
思い描いていたのは元気に空を目指す双葉。それは力を掴もうとする自分のよう。
「もっと、こう簡単に、元気になって! って治ればな」
ライラは一切気負わず、手をかざした。
──次いで、光る手のひら。
「え! ちょっ、え!?」
「あんた、それ……!」
驚愕した二人を、眩しい光が包む。
眩しさに閉じた目を開くと、夕暮れでもわかるほど、いつもより元気のいい植物たち。
ライラのラディッシュも、逞しい双葉を上へ伸ばしていた。
ぽかんとした顔のライラとアルビーは、顔を見合わせ、ぶはっと吹き出した。
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