第23話 キースの失言

 その日は、ガーデンから戻ると大騒ぎだった。

 ライラが誰の介入もなく、聖女の力を引き出せたことが原因である。


 ガーデンで思いがけず発動した聖女の力は、その光を王宮内にまで届けていた。

 訓練場のように防護の魔術で覆われていることもなく、また薄暗くなってきていたこともあって、大勢の人が気づくことになった。


 翌日には、祝賀会と称したパーティーの開催が整えられてしまった。


 いや、急すぎでしょ。


 慌ただしく進められるドレスの試着にうんざりしたライラは、適当に指を差して部屋を出てきたのだった。

 そのままガーデンに向かおうとして、足を止めた。ガーデンとは真逆の方へ歩き出す。


 昨日、思いがけず聖女の力を使った後。

 本来立入禁止のはずのガーデンが、人で溢れかえった。

 王様が一時的に立入禁止を解いたそうだ。聖女の力を受けて復活した双葉や、周りの植物を観察したい、調べたいと多くの人間が嘆願したらしい。


 あまり知られていない聖女の力を解明したい人間にとって仕方のないことかもしれない。

 けれど、あの場所はアルビーのものだった。


 もしかしたら怒っているかもしれないわ。


 大事な居場所をライラが奪ってしまった。

 今はまた立入禁止に戻っているらしいが、大勢の人間が踏み入れたのだ。ガーデンが荒れてしまっているかもしれない。


 ライラは見つけた木陰と芝生に腰を下ろした。


 認めてもらおうと力を手に入れたかったけれど、そのせいで余計な迷惑をかけている。

 どちらのほうがいいのかと言われると、アルビーにとっては迷惑をかけられないほうがいいに違いない。

 うまくいかないわ、と誰も見ていないことをいいことに手を上に伸ばす。

 揺れる木漏れ日を、自身のスカートで感じながら、ライラは木にもたれた。


 はっと気づくと、意識が飛んでいた。


「え! 眠って……!?」


 目を見開いて飛び起きるも、次いで聞こえた声にさらに驚く。


「お疲れか?」

「え!?」


 くつくつと喉を鳴らして笑う彼の腰には紋章入りの剣がある。


「……キース様……一体いつからそこに……一言、声をかけてくだされば」

「せっかく人目を避けて休んでいるんだ、起こしてしまっては申し訳ないだろう」


 そう言いながら思い出したようにまた喉を鳴らす。


 くう、イケメンに寝顔を見られるとは不覚だわ。


 弱みを握られたような気分を味わって、ライラはすっとお辞儀した。

 なかったことにできないかしら、と殊更に綺麗な所作を心掛ける。


「ごきげんよう、キース様。どうしてこのような場所へ?」


 どう考えても無理があったが、キースは再度笑って、これ以上突っ込まなかった。

 助かったと思ったライラだったが、キースが来た理由にすぐさま青ざめた。


「みんなライラ嬢を探していてな、俺も手伝ってたんだ。そろそろパーティーの支度が始まるそうだ」

「それでしたら」


 なおさらすぐに起こしてくれればよかったものを。


 非難めいた顔に気づき、キースはぽりぽりと頬を掻いた。


「いや、ほら、昨日は力を使ったんだろう? 魔術師は大きな魔力を消耗すると体力もまた削られると聞く。力が目覚めて日の浅いライラ嬢が、一日に二度も聖力を使えば、疲れてるんじゃないかと思った」


 眉を下げて気遣ってくれる様子に、なるほど、と頷きかけた。──だが。


「……どうして力を使ったのが、二度だとご存じなのです?」


 ガーデンでのことは光が王宮内にまで届いたと聞いた。しかし、訓練場でのことは、防護の魔法で周囲には気づかれなかったはず。

 ライラの細めた目で凝視され、キースは、しくじったと片目を覆う。


「聞かなかったことには……」

「できません」

「だよなあ」


 軽い調子で頷き、しばらく唸るキース。

 しかし考えることを放棄したようだ。


「ま、いいか。そのためのパーティーだ。今はライラ嬢の疑問に答えることはできないが、聞きたいことがあるならパーティーで聞くといい」

「え?」

「とにかく、今はみんなが探しているから、ライラ嬢は戻った方がいい。支度、間に合わなくなるんじゃないか」


 そうして会話は一方的に打ち切られた。

 にやりと笑うキースにはこれ以上話してくれる様子はない。諦めて、ライラはくるりと背を向けた。

 顔を出せばいいか、くらいに思っていたパーティーへの意欲は増していた。急いでリンのところへ向かわなければと一歩踏み出す。


「ああ、パーティーではダンスもある。俺と一曲踊ってくれると嬉しいが」


 背中から聞こえたそれに、どの口が、と思ったけれども「考えておきますわ」と美少女の笑みを向けてみせた。


「うーん、やっぱり失敗したなあ」


 ライラの背を見ながらキースは苦笑し、そう零した。

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