第14話 お菓子とホットミルク
しょんぼりとライラは私室のソファで足を抱えた。
「ライラ様。どうされたのです?」
見かねたリンが甘いお菓子を持ってきてくれた。
リンとともにお菓子を食べ、温かいミルクを飲む。
エーレルト家にいたときにも度々おこなわれた秘密のお菓子パーティーだった。
ホットミルクが全身を巡り、ほっと息を吐く。知らず緊張していたようだ。
「……私って、聖女の意味あるのかしら」
普段なら絶対言わない。そもそも昨日までは聖女だということを内心否定していたのだ。
リンも小首を傾げてミルクを置いた。
「どうしてそう思われたのでしょう」
「だって、聖女の力は使えないし、ずっと帰りたいって思ってるし」
乙女ゲームの醍醐味であるはずのイケメンには近寄りたくないし。
リンにすら言えないが、これも問題だと考えていた。
ライラの記憶にある物語の中の聖女であれば、だ。みんなからちやほやされつつも健気で、頑張り屋で、だからこそみんなから愛されるような人物で。
イケメンに動揺しないのはきっと、見た目ではなく心に寄り添っているから。
それに比べて、ライラはイケメンが怖い。
自分とは違うキラキラオーラを纏う彼らは、どう扱っていいのかわからなくて近寄りがたいのだ。対象が思った以上に迫ってくるから、というのもあるかもしれないが。
問題なのは、これをライラは直すつもりがない、ということだ。
イケメンにちやほやされるのが嫌、っていうヒロイン、あの物語にいらないよね?
曲がりなりにも乙女ゲームがモチーフ。登場人物はイケメン揃い。
場違い感に、ライラの心はずうんと重くなる。
再びミルクを飲んで、痛くなりそうな胃を誤魔化した。
「ライラ様は聖女になりたいのですか?」
「え? なりたいわけじゃないわ。けど、何もできないのは嫌、というか」
自分ではそんなわけはないと思うのに、聖女だと言う彼らがいる。
聖女なら、何かやらなければいけないことがあるのではないだろうか。何もできないままでいいのだろうか。
もし本当に自分が聖女で、何か役割があるのなら──。
「アルビー様と何かあったのでしょう?」
リンはいつもライラの変化に気づく。
上目遣いで見たリンは涼しい顔だ。
「………………わかる?」
「ええ」
間髪置かずに頷かれては隠す気も起きない。
口を尖らせて白状した。
「アルビーに、私は聖女だから、本気で帰りたいなら帰れるって言われた」
すぐさまリンは理解したようで戸惑いもなく同意した。
「その通りでしょうね、ライラ様は、帰りたくないのですか?」
「帰りたいわ! 帰りたい、けど」
「……アルビー様?」
こくんと頷く。
今、心を占めるのは、もじゃもじゃ頭の彼。
顔も見えない、見たことがない。けれどこの王宮で一番身近に感じられる。
──だったのに。
「もし私が、ちゃんと聖女の力を使えたら……アルビーだって、そんな簡単に帰れる、なんて言わなかったかもしれないわ」
彼は、といえば、ライラがいてもいなくても変わらないようだった。少しくらい寂しそうにしてくれてもいいと思うのに、だ。
帰りたいけど、帰りたくない。
もどかしそうに揺れるライラを見て、リンは考えるように頬に手をやった。
「それなら帰らなくてもいいのでは? ──まだ」
「まだ?」
「ええ。まだどうしたいのか決まっていないのでしょう。慌てて決める必要もないのではありませんか? 幸い、どなたからも帰れとは言われておりませんし、それこそライラ様のお好きなように」
ライラの目が開く。その目はキラキラと輝いた。
まだ、決めなくていい。
その言葉に急に視界が開けた。心が軽くなったのだ。
ただ問題を先送りにしただけだ。けれど、うまく答えを出せないライラの心にしみる。
「であれば、今、厄介なのは魔術師の皆様でしょうか」
表情が明るくなったライラに安心したように、リンはすぐさま目の前に別の問題をぶら下げた。
アルビーのことでこれ以上滅入らないようにとの配慮だったのかもしれない。
ライラにとってもその問題は解決しなければいけないことには間違いなく、あえてまんまと飛びついた。
ライラを聖女だと本能的に認識できるのは四人。
それ以外の人間には、今の段階で認めてもらえるだけの力はない。
定期的にやってくる彼らの伝言は厄介で、少々不快だった。それを止めるにはライラ自身が力を示す必要がある。
「そうね! 今できることを順番にやりましょう! フリッツ様のお話では力の使い方は魔術師と似ているところがあるかもしれないということだったし、聞きに行ってみることにするわ。何か掴めることがあるかもしれないしね」
一度、何もかもに蓋をする。
家に帰ることも、なぜかアルビーと離れがたいのも、冷たく感じたアルビーの反応にも。
まずは今できることをしようとライラは聖女の力について知ることにした。
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