第13話 聖女は嘆く

 曇天の午後。

 空に色が無いだけで、ここまで寂しく映るだろうか。

 ライラはアルビーからもらったガーデンの一画──自分のガーデンを見つめていた。

 タネを植えたその場所からはまだ芽は出ていない。


「あーあ、やっぱりどうしても聖女のようよ」


 つんと土を指でつつき、タネに話しかけた。


 反芻するのはフリッツの言葉。

 ライラが聖女であると確信しているらしい。それも四人もの人間が、だ。


 私室に戻り、一人になって冷静に考えたけれど、どう考えても、希望が一つ、消えてしまったということだ。


 ああああ! もう! 聖女サマが別にいるはずだったのに!


 うまく力は発動せず、自分でもそんな力を使った覚えもない。

 キラキラした人や場所は身構えて休まらず、正直、家に帰りたい。

 その辻褄合わせが、「聖女は別の人間である」ことだったのだ。


「もう、どうしてくれるの。力は使えないし、身の丈にも合わない。ただの子爵家の娘なのよ……こんなところ、」


 長くいられるわけない、と漏れ出た心の声は、誰にも聞かれるはずがなかったのに。


「──帰りたいか?」


 がばっと勢いよく振り向くと、そこには仁王立つアルビーの姿。ガーデンの主に聞かれてしまったようだった。

 あいかわらずの土にまみれた姿に安心し、それからすぐ、後悔した。彼には一番聞かれたくなかった。喉が潰されたようにうまく働かない。


「……あ、……いたの……?」

「そりゃあいるだろ。ここは俺の場所だ。気づかなかったあんたが悪い」


 そうね。アルビーは黙々と作業する人だった。


 人の気配がなかったからあまり目を配っていなかった。ぼんやりとしていたのだろう。


「で?」

「え?」

「そんな呆けた顔をするんじゃない。帰りたいのか?」


 直球な物言いにライラは言葉につまる。


 帰りたいって? 帰りたいわ、もちろん。王宮での生活は性に合わないもの!

 ドレス姿で貴族の顔を保ちつつ、うふふと笑ってイケメンの相手、だなんて毎日毎日やってられないわ。一日で十分よ!


 しかしなかなか口からは出てこない。口を開いては閉じ、俯いてはアルビーを見据え。


 ライラは自身の矛盾に気づいていた。

 家には帰りたい。けれど、アルビーとの付き合いはやめたくないのだ。


 アルビーは第二王子。

 本人は否定するだろうけれど、本来敬われる立場の人間だ。

 王宮から出て、子爵家に戻り、ただの令嬢としてのライラとは立場が一切違う。

 聖女なんて投げ出してしまいたい。が、それをしてしまえばアルビーとの関係はおそらく終わってしまう。


 答えないライラに何を思ったのか、アルビーは小さな頷きと溜息を見せた。


「──そんなに気を遣わなくていい。もともと俺はここに一人だったしあんたがいなくなってもどうってことない。……植えたラディッシュも俺が世話をしておくし食べごろになれば送ることもできる」

「……寂しいでしょ?」

「いいや? あんたがいなくなれば静かになって作業も捗る」


 いつもの照れ隠しには見えない態度に、ライラは大きくショックを受けていた。

 顔色が変わっていないことを祈りながら、ここに残る理由を考える。


「……でも、そんなに簡単に帰れるわけないわ。聖女が帰してもらえるとはとても思えない……」


 まさしく本音ではあったが、アルビーはあっさりと否定を口にする。


「何言うんだ、聖女サマが」

「え?」

「聖女サマが、本気で願って、叶えられないことなんかないさ」


 ぐ、とライラは反論できない。


 誰にも望まれる聖女だ。

 もし国外へ行ってしまえば困るのはこの国である。そのため機嫌を損ねてはならないと考えるはずだった。


 保護の名目で王宮に連れてこられたが、行動を制限されているわけでも力を使うことを強制されているわけでもない。

 自由の中で、王宮の外へ出ることだけが不自由だ。


 ──だけど、もし本気で拒めば。


「あんたはどこにだって行けるし、なんだって叶えられる」


 それは間違いなく真理で。いとも簡単に、小さな逃げ道さえ奪ってしまった。

 ここにいるのは自分の意志なのだと半ば強引に気づかされる。


「あんたの、好きなようにすればいいんだ」


 たっぷり見つめられたが、ライラは無言のままだった。

 気を遣ってくれたのか、アルビーは軽く土を落として背を向け、そのままガーデンを後にした。


 一人になったライラは空を見上げて、完全な八つ当たりを零す。


「……ぜんぶ、曇り空のせいよ」


 晴れた青空ならきっと、アルビーがいたことに気づいたはずで。

 そうすれば、こんな形で心の声を聞かれることはなかったはずなのに。


 アルビーの、おそらくはライラを思っての言葉が、重石のように感じられた。

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