第12話 フリッツの執務室2
フリッツの目に好奇心の光が宿る。
「──ですから、私たちは、聖女様が聖女であることを疑いませんし、聖女の力を使えるようになることを信じているというより、使えるとわかっているのです」
思いもよらず絶対的な信頼を向けられたライラは酷く居心地が悪く、胃も胸も気持ち悪かった。
これはやっぱり、私がヒロインであることを否定できなくなってしまったのね。
あわよくばヒロイン”役”を別の人間に明け渡したいと考えていたライラは、思惑が外れて落胆する。
さらに新たに得た、聖女だと本能的に認識されている、という情報もライラに影響を与えていた。
つまり、聖女だから、彼らに言い寄られてるってことよ。
ヒロイン補正が憎い。ライラは心からそう思う。
自分自身がどんなに魅力的な人間でなくても、聖女だという理由で彼らはライラに近づいてくる。
それは、天啓に踊らされる駒のようで、抗えない運命に翻弄されているようで──とても可哀想なことだと思うのだ。
──そして、それに巻き込まれている私も可哀想。
「もうひとつ、いいでしょうか」
「何でもお答えしますよ、聖女様の頼みならば」
「その、聖女の力のことなのですが……」
躊躇いがちなライラをどう勘違いしたのか、フリッツは殊更優しい口調になった。
「いいのですよ、気にされなくて。……稀有な力ですから妬ましく思う人間もいることでしょう。僻んだ人間が言うことです。聖女様がたとえ今思い通りに使えなくても、いずれ使えるときはくるのですから、聖女様は何も心配されなくてよろしいのですよ」
「いえ、その、聖女の力というものが何であるのか、それもわかっておらず……」
躊躇う理由を正確に理解したようで、フリッツはぽんと手を打った。根本からわかっていないに等しい質問にも優しい口調を崩さないのは、さすがに紳士だと思う。
「ああ! これは大変失礼いたしました。聖女の力というのは、わかりやすく言えば癒しの力。すべてを癒すことができる、らしいのです。すみません、私も実際に見たことはございませんので、文献で読んだ内容になってしまうのですが。聖女様が望めば、その聖力が届く範囲で、動物も植物も生きるものすべてを治療することができ、また潜在能力を高めることもできるそうですよ」
「……聖力が届く範囲というのは?」
「詳しくはわかりませんが、聖女様の力も万能ではないということでしょう。魔術と同じようなことなのでは、と考えます。魔術師は強さに応じて、魔術を展開できる距離に限界があります。その距離を超えて魔術を発動することは簡単にはできません。事前に術式を設置しておいたり複数人の魔術師と協力したりと、相応の準備が必要です。また魔力にも限度がありますので、自分が持つ魔力以上のことはできないのです。……おそらくですが、聖力もそういうものなのではないかと」
具体的に話せずもどかしいのか、申し訳なさそうに言うフリッツ。
それでもライラには助かる情報ばかりだった。
「教えていただいて、ありがとうございます」
心から感謝の意を込めて微笑み、心の中では、大きく握りこぶしを掲げた。
何事も情報がないと何もできないの! これは大きな一歩なのよ!
にこにこと嬉しさに花を飛ばすライラは、フリッツの頬が一瞬緩んだことには気づかない。
「魔術に関しては、私も専門外ですので、もしさらに詳細をお聞きしたいようでしたら、ルーンに聞くのが良いでしょう。……性格には難がありますが、魔術師としての腕は一流です。魔力の使い方、引き出し方を聞いてみるのもよいかもしれません。もしかしたら聖女様が力を発動できる手掛かりになるかもしれませんし。いえ、もちろん無理はしていただきたくありませんし、そんなことをされなくても全く問題ありませんが」
「そうですね。ありがとうございます。今度、ルーン様にもお話を伺いたいですわ」
フリッツは少し残念そうに眉を顰めたが、すぐに綺麗な笑顔を惜しみなく浴びせた。
「いいえ。聖女様のお役に立てたようでよかったです。こうしてお茶をしながらお話もできましたし、とても有意義な時間でしたよ。お誘いした甲斐があったというもの。……やはり、聖女様と一緒にいると疲れが取れると言いましょうか。わざわざ聖力を使われなくても十分癒されます」
毒気のない顔と声色でそう言われ、ライラはすっと視線を落とす。
一度も口を付けられていない紅茶のカップはすっかりと冷めている。
ほほほ、と笑って、できる限りゆっくりと、キラキラの笑顔に耐えられるだけ耐えて、紅茶を飲み干した。
隣のリンからは微かに笑う気配がした。
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