第11話 フリッツの執務室1
「ようこそおいでくださいました」
いつものように柔和な笑顔を浮かべ、彼は出迎えてくれた。
「……フリッツ様」
「せっかくでしたら、お一人できていただけると、私としては嬉しかったのですが」
後ろに控えるリンをちらりと見やって、再びライラへと視線を戻す。
「まあ、噂になっても困るでしょうから、彼女を連れてこられたのは賢明なご判断でしょう。男と二人きりとなれば、どんな尾ひれがつくかわかりませんし」
「……フリッツ、様。ご冗談はそれくらいになさいませんか」
「おや、手厳しい」
いつもの顔を崩さないまま、冗談めいた言葉を口にする彼は、いつも通りには見えなかった。
案内のもと通された部屋は整然とした執務室。フリッツのために作られた部屋だという。
「伝言を聞いて、いらしてくださったのでしょう?」
「ええ。聖女のお話を聞きませんか、と。あのご伝言は一体……」
ライラはごくりと喉を鳴らした。いつもとは違う事態に動揺していた。
今までお呼び出しなんて誰からもなかったのに! 怖い!
何か聖女に関する重大なことでもわかったのかしら。
もしかしたら新しい聖女が見つかって、私が聖女だというのは勘違いでした、とか!?
自分に都合の良い展開を心の中で想像する。もちろん表情はいたって真面目なそれ。
隣に控えるリンにはもしかしたら多少気づかれているかもしれないが。
フリッツは驚いたそぶりで軽く両手を上げた。
「そこまで警戒されるとは思いませんでした。ただ、私が聖女様とお話したかっただけなのですよ。……先日、何でもお話しますよと申し上げましたが、一向に音沙汰がないものですから」
穏やかに微笑む綺麗な顔。
久しぶりのキラキラにライラは目を塞ぎたくなった。
どうしてのこのこと敵地に赴いてしまったのか。
「まさか! そのようなことでお忙しいフリッツ様が私をお呼びになるとは思いもしませんでした。──本当は、何かございますのでしょう?」
どうか、あると言ってください! 真剣な話でもなければこんな場所、早々に逃げ出したい!
隣から聞こえる小さな嘆息を聞き流しながら、あたかも何かを見据えたようにフリッツを見る。
フリッツは今度こそ驚いていた。
「──聖女様には、隠し事もできないようですね。いえ、大したことではございませんよ。本当は、王宮では聖女様には何も心配などせずにお過ごしいただきたかったので、内密に……気取られないように誘導させていただき対処しようかと考えておりました。しかし、さすが聖女様、隠す必要はなさそうですね。すでにお耳に入っているかもしれませんが、実は……聖女様に聖女の力がないのではないかという人間が一部いるようでして」
「……ええ。存じております」
毎日のように王宮の魔術師を名乗る方から「聖女の力を見たい、見せてくれ」と伝言が届く。
これで何も知らないでいるのはいくらなんでも不可能だった。
「しかし、フリッツ様はご存知の通りかと思いますが、私は、聖女の力というものを扱えないのです。ですから、どうか彼らを邪険にはせず、丁重にお話を聞いてあげていただきたいですわ。彼らがそう思われることもよくわかりますから」
ライラとしてはむしろ「聖女ではない」と断定してほしいほどである。
小さく目を伏せ、大きな目を長い睫毛で隠した。
「ああ、聖女様、慈悲深い。聖女様が、聖女様であることに間違いはございません。どうかそう気落ちされないように」
フリッツが言う意味とは違う意味で気落ちしていたライラだったが、言い回しに引っ掛かりを覚え、首を傾げる。
はたから見れば、可憐な美少女の上目遣いに見えることだろう。
「その、どうして、私が聖女だと断定されるのです? 聖女の力が顕現したというのと私が聖女であるというのは別物だと思うのですけれど」
もっともな疑問に、フリッツは合点がいったように頷いた。
「説明が不足していたようで申し訳ございません。聖女様はご存知なかったのですね。無理もないでしょう。私たちは小さい頃から言われ続けていましたが、聖女様は先日聖女様だとわかったばかり」
「……はあ」
「私たち──陛下からご紹介があったでしょう、私たち四人は、本能的にとでも申しましょうか、あなたが聖女様であるとわかるのです」
おお、創作物っぽい。
密かに感動したライラだが、初めて聞いた内容には違いなく、目を丸くしてみせた。
「え……どうしてですか」
「『聖女現るる時、天啓を受けし者は彼女を護り、彼女は人々を救う』。ずっと王宮では受け継がれてきた言い伝えです。聖女様が現れるずっと前から……私たちは天啓を受けし者としてそのように過ごしてきました」
「天啓……とは」
そんな内容は作中では書かれていなかったと思う。
少なくても朧げなライラの前世の記憶の中では。
「ふふ、眉唾ものですよ。生まれる時に身体が光ったとか雷が落ちただとか。一番は陛下の夢に神様とやらが出てきて私たちを指名したことでしょうね。今から十数年ほど前の話でしょうか」
「夢、ですか……」
フリッツが言った通り、前世の記憶を持つライラでさえ訝しむ内容である。
顔に出てしまっていたのだろう、目の前に座る彼の眉が下がる。
「──大変失礼ながら。正直、信じておりませんでした。それは他の者も同様だったと思います。……けれど」
フリッツの目が真っ直ぐにライラを射抜く。
興味深い話で忘れかけていたが、イケメンと向かい合わせで座っていることを思い知らされ、ライラは息を呑む。
「けれど、あの日……聖女様と初めてお会いした日、これまで聞いていた内容が嘘ではなかったと理解しました。四人全員があなたを、聖女だと認識したのです。……不思議でしょう?」
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