第10話 聖女への伝言

 空は快晴。

 貴族令嬢には似つかわしくない麦わら帽子をかぶり、今日もまたライラはアルビーのガーデンにいる。

 数日前、ヒロイン補正で日焼けはしないのに、アルビーに「倒れることもあるんだ、気をつけろ」と怒られながら、無造作にその帽子を渡された。なんとアルビーの手作りだと言う。ライラがかぶるたびに「その帽子じゃなくてもいいんだぞ」と言ってくるのが面白くて、嫌がらせのようにかぶり続けている。


「せっかくもらったんだから、いいでしょう?」

「……あんたがいいなら、いいけどな」


 ふいっと視線をずらすアルビーの反応も楽しくて頬が緩んでしまう。

 しばらく観察し、満足したころ、ライラは思い出したように手を叩く。


「ねえねえ、それより見て! これ、カブのタネですって!」


 侍女のリンにもらってきてもらったタネを広げて見せた。


「ああ、ラディッシュか。発芽が早く、一ヶ月もあれば食べられるほどになる」


 このくらいになれば食べられるしな、とアルビーは人差し指と親指で小さな円を作った。


「これ、植えたいと言ったら、嫌よね?」


 ここはアルビーのガーデン。

 アルビーの好きなものが好きなだけ植えられている。

 その場所に、ライラのものを植えるのは、なんだか毛色が違う植物が紛れ込むようで、憚れた。


「別に構わないけど。どうせ見栄えは気にしていない」

「ほんと? でも……アルビーの好きな植物ばかり植えてあるんでしょう?」


 申し訳なさそうに言う。

 それでも構わないんだが、とアルビーは苦笑し、「だったら」と代替案を提示する。


「ここ。この一画をあんたにやるよ。あんたの場所だ。好きに使っていいし、別に使わなくたっていい」

「え! いいの!」

「いいって言ってる」


 まさか、ガーデンの一部を使っていいだなんて。それも好きなように。


 ライラは目を丸くする。

 アルビーがラディッシュを気に入ったなら、植えてもらおうと思っての言葉だった。

 それがまさか、自分で植えてもいいだなんて。


 これって、私に心許してくれてるってことよね。


 自然に零れる満面の笑みで、「ありがとう」を伝えた。

 アルビーの特別が、ライラはとても嬉しい。


 それから、すぐにタネを植える準備をする。

 アルビーが管理していた土は少し耕せば柔らかく、質も問題なかった。

 土の上に指で小さな溝を掘り、ぱらぱらとタネを撒く。軽く土をかぶせれば、作業は完了だ。


「……前から思っていたけど、手際いいよな」

「自慢じゃないけど、家にいたときは町のみんなのお手伝いもしていたのよ」

「ほんとにどんな生活をしてたんだよ」


 呆れるアルビーも見慣れたものだ。


「アルビーもいつか遊びにおいでよ」


 流れるように口を出た誘い文句。ライラはすぐに、しまった、と内心冷や汗をかいた。

 仮にも第二王子。好きなように行動できるはずもなく、奔放な自分とは違い、行動範囲も限られるのかもしれない。

 ライラの不安をよそにアルビーは小さく頷いた。


「…………ああ。いつか、な」


 その顔は前髪で見えないが、口調は穏やかだ。


 ──杞憂だったみたい。


 よかった、と心の底から安堵し、ライラは細腕でちからこぶを作る。


「収穫したら、アルビーにも分けてあげるからね。ラディッシュ」

「……いらないから」

「リン……あ、私の侍女の名前なのだけど。リンにお願いしてサラダを作ってもらって! そうしたら一緒に食べましょう」

「聞けって!」


 微笑みながら、ライラは植えたばかりのラディッシュへと水をかけた。




 ◇◇◇




 足取り軽く私室へ戻ったライラだったが、リンが佇むのを見て大きな溜息を吐いた。


「えええ。もしかして、また、伝言かしら?」


 それには答えず、リンは困ったように笑った。


「ライラ様は本日も楽しかったようですね。タネはお役に立てましたか?」

「ええ! アルビーってば、私の場所を作ってくれてね。そこに自分で植えたのよ! 本当にありがとう。一体どこでタネをもらってきたの?」

「出がけにお渡ししただけでしたものね。出入りさせてもらっている厨房で、少し、分けていただきました。業者の方と偶然居合わせまして」


 リンはなんでもないことのように言うけれど、少し面白くないライラはぷくっと頬を膨らませる。


「……なんだか、リンは、ここでも上手くやっているようね。羨ましいわ」

「ふふ、ライラ様も、アルビー様と楽しそうに過ごしておられるではございませんか」

「だって! 私は家にいたときとあまり変わらない暮らしをしているのに、リンばかり王宮に馴染んでいるようで……」


 寂しい気がする、と口には出さなかったが、リンには伝わっているようだった。

 彼女は優しく目を細める。


「あら。アルビー様はエーレルト家にはいらっしゃらないでしょう?」

「っそうだけど」


 アルビーは王子殿下だ。

 子爵程度の家にいたらそれこそ驚きである。

 リンはそれを知った上で言っているのだから、なんとも意地の悪い。


 口では勝てないと思ったライラは話を変えることにした。


「もう! ……それより! 伝言、あるんでしょ?」

「はい。……お聞きになります?」

「聞かなくてもいいなら聞きたくないけれど。そういうわけにもいかないでしょう」


 溜息とともに言えば、リンもまた溜息を落とす。


「そうですね。──聖女の力はまだ再現しないのか、と魔術師の方から」


 王宮へ連れられてきてから二ヶ月。

 ずっと好きに暮らしていたものの、あまりにのんびり過ごしていたからか、聖女の力を見たいと魔術師が躍起になり始めたのだ。

 本当に聖女なのか、と訝しむ声も出てきているらしい。


 ライラとしては、力を使おうと思っても使い方がわからないのだからどうしようもない。それに、聖女ではないほうが家に帰してもらえるのではないかという期待もある。もしかしたらそれが原因で力が発動しないのかもしれないが、馬鹿正直に言うつもりはない。


 いつもと同じ伝言にライラは嫌そうに顔を歪めた。

 しかし、いつもとは違い、リンの話はこれだけで終わらなかった。


「それから、フリッツ様からも」


 心当たりのないライラは軽く目を開いて、リンから伝言を受け取った。

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