第9話 アルビーの正体3
「……相応しくない?」
ライラはただアルビーの言葉を繰り返した。
なんと返してよいのかわからなかったからだ。
アルビーは口ごもり、片腕全体で顔を覆った。
「……あー……、すこし、長くなるんだが、いいか」
何も問題ない。むしろぜひとも聞きたいくらい。
ライラがこくんと頷くと、アルビーに案内され、ガーデン横の建物まで移動する。
そこはガーデン内で使用する道具が仕舞われている小屋だった。小屋といっても民家一軒分ほどの建物だから、王宮内の人間とは金銭感覚がはなから違うのだろう。
その横に簡易的な休憩スペースがあった。
「……悪い。俺しかこない場所だから」
長椅子が一つ、あるだけだった。
それの両端に、ちょこんと座る。二人の間には人が座れるほどの距離が十分にできていた。
「大丈夫よ、私、木の枝にも座れるんだから」
空気を和らげようと言った台詞は、見事に暗い雰囲気を打ち砕いていた。
「……ほんとにどうなってんだ、あんたの家は。普通、令嬢が木に登るか? ……ああ、だからそんな服、持ってるんだな?」
「えー、急に元気になったわね。いいじゃない、そんなこと。おおらかな家なのよ、羨ましいでしょう」
「ああ」
間も置かず同意を得られたライラは思わず目を瞠った。予想外だった。
「俺も、そんな家に生まれてたら今とは違ってたかもな。だが実際は、ここは王宮で、俺は王子で。立派なやつらに囲まれて、」
「……ええ」
王子の重責は想像もできない。
ライラは貴族といえど、田舎者で。最低限の教養を学んでさえいれば好きなように過ごせたのだ。
口を挟めるわけもなく、小さく頷くだけだ。
アルビーは前を向いたまま、ぽつりぽつりと噛み締めるように言葉にしていく。
「なんでふさわしくないか、だけどな。俺は……醜くて。人前に出られる顔じゃあ、ないんだ」
美醜で、王子に相応しいかどうかが決まるってこと?
そんな無茶苦茶な、と眉をひそめたライラを、落ち着かせるような口調で続けた。
「……大きな、アザがな……あって。生まれたときからだ。それが、気持ち悪い、らしい」
誰かにそう言われたのだというのは明白だった。それも、その言葉が心に突き刺さったまま抜けないほど身近な人物から言われたのか、もしくは数えきれないほどの回数を耳にしたのだと想像できる。
王子という肩書きで視界を狭められてしまった。輝かしい他に何かがあると考えもしなかった自分を恥じる。
「もしかして、だから前髪を?」
こくりとアルビーが頷き、拍子に髪が揺れる。
それでも前髪の奥を垣間見ることはできなかった。
「それを知ってから、俺は表には出ていない。こんな姿でただ植物を触っていると知っているのも少数だ。でも……俺はこのままでいいと思ってる」
淡々と、心から言っているように聞こえた。
ここまでなるのに、どれくらいの葛藤と諦めがあったことだろうか。
今の姿よりも幼い彼を想像して抱きしめたい気持ちになる。
「俺は一人でこの場所にいるのが性に合ってると、思っている。花も野菜も、手を掛けただけすくすくと育ってくれるから。それに、ここにいれば人に会わなくて、済むし。……とくに、あんたを追いかけてるあの四人とは顔を合わせたくない」
そう言ってアルビーは自嘲気味に笑みを浮かべる。
「……どうして……?」
「あんたと一緒だ。……あいつらは輝いていて、眩しくて……俺なんか近づけない」
わかる。
ライラは真顔で大きく頷いた。
まさか王子殿下と意見が合致するとは思わなかった。
「そうよね! 眩しすぎるのよ。もちろん見た目もだけれど、見た目だけじゃなくて。肩書とか経歴とか人望とか、そういったものが全部眩しいのよ! 田舎の貴族もどきには正直しんどいのよ!」
ライラは握りこぶしを震わせ、それからはっとした。
「あれ!? 私は? 私は大丈夫!? 自分で言うのもあれだけど、私って見た目は美少女、だと思うのよ。前にアルビー……王子殿下も、そう言ってくれたじゃない? それに聖女の肩書が、いらないけど、ついてるし」
「……あんたは、中身が残念すぎるから」
眩しい対象に入らない、と真面目なトーンで返された。
にべもない答えにライラは弁解しようもない。その通りだ、と納得してしまった。
ライラはこほん、と咳払いを一つ鳴らし、自分に不利になりそうな話題を変えることにした。「それにしても」といきいきとした顔でアルビーを見る。
「なんだか、少し、アルビー……王子殿下のこと、知ることができたみたいで嬉しいわ。実は私と同じこと思ってたのね。もっと早く教えてくれれば良かったのに」
「ただの土いじりしてるやつがあの四人のことを知っていたらおかしいだろ」
「そうかもしれないけれど、そうしたらもっとたくさん遠慮なく話せたのに」
「…………王子でも?」
言われて、口をつぐむ。
そうだった。すぐに忘れそうになるけど、アルビーは王子なんだった。
──でも。
「ええ。アルビー……殿下が、いいって言ってくれたなら!」
力強く頷いたライラを見て、小さく嘆息。アルビーは最後の足掻きとばかりに皮肉っぽく笑う。
「……こんな見た目でも?」
「あら。私、お友達は見た目で選びませんもの。そもそも、アルビー、殿下は、出会ったときからその格好だったわ」
きょとんとその大きな瞳をさらに丸くして。
ライラは「今さらね」と、花のようにふわりと笑った。
目の前に広がる、一風変わったガーデンは、太陽の光を浴びてキラキラと輝いている。
葉に残る水滴が光を反射しているようだ。
それを無言のまま、しばらく二人で眺め──。
「…………アルビーでいいって。今まで通り、だ」
アルビーはそう言って、心なしか嬉しそうに、口元を緩ませた。
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