第15話 ルーンとの訓練

 簡単な柵に囲われた、広い空き地。

 ここは訓練場として使用されている場所である。この空間全てに強力な防護の魔術が施されており、並の魔術であれば周囲に影響がない。攻撃魔術の訓練も可能だそうだ。強く押せば壊れそうな柵も、びくともしないらしい。


 意を決したような顔で現れたライラを、快く迎えてくれたのは自他ともに認める天才魔術師ルーンである。


「ライラ! ライラからきてくれるなんて初めてだねえ。嬉しいなあ」


 にこにことあどけなさの残る顔で微笑まれる。


 ひえ。逃げたい。逃げたいわ……!


 ちらりと横に控えるリンを見たが、彼女はふるふると小さく首を振った。

 諦めろということだろう。

 顔をしかめそうになるも気合いで耐えて、すぐにルーンへと視線を戻す。


「……ルーン様。急なご訪問にもかかわらず、快く了承いただけたこと、大変感謝いたします」


 思い立ってすぐ、次の日に約束を取り付けることができた。忙しいはずにもかかわらず、すぐに了承の返事がきたのである。

 ライラは深々とお辞儀をしたが、ルーンはけらけらと笑った。


「いいよ、いいよ、そんなの。……ライラがきてくれたことが嬉しいの! そんなにかしこまらないで」


 悪気なく言ったのだろうが、ライラとしては畏まった方がやりやすいのだ。

 仮面を被っているようで、キラキラで受ける攻撃が多少軽減されるから。

 負けじと笑顔で対抗した。


「お気遣いありがとうございます」

「ふふ。で、魔術を使うところを見たい、って?」

「ええ。もしよろしければ、ですが」

「ライラのお願いなら、いくらでも。でもどうしたの」


 ルーンもやはり疑問に思うようで、可愛らしくこてんと首を傾げた。


「……私は、聖女の力を使えないでしょう? ですから、魔術を使うところを見て、少しでも何かヒントを掴めれば……と思いまして。魔術と聖女の力は、もしかしたら似ているところもあるかもしれないとフリッツ様から教えていただきましたので、魔術がお得意なルーン様へ伺いに参りましたの」

「えー。あいつと二人で話したって本当だったんだ。自慢げに話してたから羨ましいなあって思ってたんだ」


 気の抜ける感想だが、その目はキラキラと輝いている。自分の得意分野である魔術に関することだから、楽しいのかもしれない。


 しかし、ライラにとっては不要なものである。

 少しでもキラキラが消えてほしいと、真面目な顔を崩さないまま、真剣に訴えた。


「それで、ですね。もしよろしければ、ですが、私にも魔術の使い方を教えてくださいませんか? 少しでも聖女の力を使えるようになりたいのです」


 ルーンはそれでも楽しそうに目を細めた。


「だから、ライラのお願いならいくらでも、だってば。んー、でも、そんなに切羽詰まったような顔して、何か言われたの? ライラが聖女なのはわかってるんだし、そんなに慌てて力を使えるようにならなくたって別にいいでしょ? ……もしかして、フリッツ?」


 ぶんぶんと首と手を振りまくったライラである。

 関係ない人間を危険に晒してしまう……! とライラが焦るほどルーンの目は笑っていなかった。


「まあいいんだけど。ぼくとライラが一緒にいる時間を増やしてくれたフリッツには、少しだけ感謝かなあ」


 あいかわらず可愛らしいにこにこ顔だが、なぜだか少し背筋が冷える。

 原因不明の悪寒に首を傾げつつ、ライラはもう一度、「よろしくお願いします」と深く頭を下げた。




「じゃあ、まず、こんな感じ」


 笑いながら、ルーンはさっそく教えてくれる。

 ルーンの手の中に何か集まってきているのが見える。


「それは?」

「これはね、ぼくの魔力。見える化してみたんだけど、どう? 見える?」


 ライラはエメラルド色の目を大きくしてその不思議な物体を眺めた。

 水のような、グミのような、スライムのような。しかし、その輪郭はぼやけ、掴むことはできそうにない。


「ええ! なんだか不思議な」

「へへ、でしょ。まずはこれについて理解しなきゃいけない。魔力を持つ人間はみんな、これが体内にある、ということを理解し、それを自分の思うままに形を変えて、魔術を使うんだ」


 こうやってさ、とその物体の形を変える。


「わ! それって、薔薇かしら!」

「そうだよ。正解」


 本物のような、花びら一枚一枚まで精巧に再現された薔薇は、ルーンがそう言うや否や霧散した。


「まあ、あまり見える化できる人間はいないんだけどね。イメージが大事ってこと。ライラの聖力についてはわかっていないことが多いんだけど、たぶんイメージが大切だってことは変わらないと思うんだよね。だからさ、まずは自分の中にそういう自分の思い通りに動かせる力があるってことを認識できるといいと思う」


 簡単にルーンは言うけれど、自分のどこにそんなものがあるのかライラにはさっぱり感じられない。

 ルーンは首を捻ってばかりのライラの手を握り、内緒話をするように耳に口を寄せる。


「それで、これは裏技なんだけど」

「……っわ」


 ライラの全身が淡く光る。

 ルーンが何かしたに違いなかった。


「ライラの聖力を見える化してみたよ。この光が右や左に動くようにイメージを膨らませてみてね。これが課題かなー」

「え! ちょ! ちょっと待って!」


 慌てるライラに微笑みかけて、ルーンは楽しそうにその場に腰を下ろした。


「まあ、まずは揺らすところからね」


 簡単そうに言うそれが、とんでもないことだと気づくのにそう時間は掛からなかった。

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