第35話 ライラとキラキラ

 

「どうやらライラ嬢の好感度が高ければ、容易に力が発動できるようだね」


 翌日、訓練場に連れてこられたライラは何人かの指の傷を治すテストをした。

 指先の切り傷に手のひらをかざし、力が発動するのかどうかを確認したのだ。

 テストの人員として呼び出されたのは、イケメン四人にアルビー、テッド、侍女のリン、それからゲルトと全く面識のない騎士一名。

 結果、アルビーとテッドにリンは一瞬で治り、他は少し時間をかけて治り、ゲルトだけは傷の端だけが治るという、ライラの心の中を赤裸々にした。


 全員を同じように大切に思うなんて無理……! 


 わあっと顔を覆った。素っ裸にされたような恥ずかしさもあった。


 思えば物語の中の聖女は願うだけで全員隔てなく癒しの力を使えていた。

 皆に好かれ、愛され、健気に人の心に寄り添える彼女だったからこそ、できることだったのかもしれない。


 その時点でもう、私は彼女らしくないというか。


 聖女であろうとして躍起になっていた自分を思い出して、肩の荷が下りたように感じていた。


 取り仕切っていたロイがライラを向く。


「……ライラ嬢、君はどうしたい? 僕たちとしてはこのまま王宮に留まってほしいと思っている。しかし、ライラ嬢の意に反することならすぐに撤回したいと王からも言われているんだ、実はね。正直な話、嫌われてしまうと困ってしまうから」


 使えるとわかっている癒しの効力が弱まってしまう。それは避けたいところだろう。

 最悪、国そのものを嫌いになってしまえば、国内の誰に対してであっても癒しの力が使えなくなる可能性だってある。

 王宮に留めておくことで最悪の結果をもたらすかもしれないと王は気づいたのだ。テストの結果を予想していたからこそ事前にロイへと今後を伝えていた。


「私は……」


 ちらりと見た先はアルビーだ。

 視線に気づいた彼は口元を柔らかく緩ませた。が風に靡き、茶褐色のアザが目についた。


 アルビーとは一緒にいたい。

 けれど、許されるなら、家に帰りたいとも思うのだ。


 真剣に悩み始めたライラを落ち着かせるように、ロイは温和な表情を浮かべた。


「二度とこちらに戻ってこられないわけじゃないんだ。気楽に考えて。少しでも家に帰りたいという気持ちがあるなら、そうしたらいい。君を縛りたくないのさ。僕たちも、王もね。それで、また、王宮にきてもいいと思えたならまた顔を出してくれるといい。いつでも遊びにきていいし、すぐに帰ったっていいし、王宮に住んだっていい」


 どうだろうか、とライラが答えやすいように配慮してくれる。

 いきなり連れてこられた王宮。ずっと思ってきたのは、帰りたいということ。

 ゆっくりと頷くと「一度帰りたいです」と答えた。


「わかった。すぐに手配しよう。ライラ嬢も準備があるだろう。急がなくていいが、早めに取り掛かるといい」

「ありがとうございます」


 小さく頷いて、ずっと気になっていたアルビーを見た。ロイは苦笑していたが、アルビー本人はいたって素知らぬ顔だ。


「その頭……」

「どうだ。この格好は」


 向けられる瞳がキラキラと輝く。


 一体誰よ、キラキラオーラがないなんて言ったのは!


 金髪に碧の瞳。

 第一王子同様、整いまくった顔に、美しい花の模様。

 ガーデンのときとは全く違う上質な服を身に纏った彼。

 この場にいる誰よりも輝いて見えた。


「うう。なんで……」


 眩しい。眩しすぎる。

 目を瞑りつつ、でも薄目は開けて。

 視界を占めるのはアルビーの爽やかな笑顔。


「気づかなかったか。あれ、被り物なんだ」


 悪戯が成功したように彼は笑った。鋭い目を向けてみたが、効果は全くなかった。


 そーーーーですか。

 カツラですか。あのもじゃは!


 なんだかむしゃくしゃするのはアルビーに対してなのかキラキラが見える自分に対してなのか。

 思考が追いつかない。が、目の前には、金髪のアルビー。

 ライラの知る彼とは、見た目が全くの別人である。


 キラキラと輝きを放つ彼からそっと目を背け、辺りを見渡した。

 ロイとルーンにキース、フリッツ。

 少し前までキラキラオーラが耐え切れず逃げ回っていた面々からは輝きが失せている。


 ああ……、と心の声が漏れそうになりつつ、もう一度アルビーを見た。


 ──離れたくない、一緒にいたいと願った彼は、唯一のキラキラになった。

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