第36話 ライラの癒し

 エーレルト家へと帰る日。

 せっかくなのでテッドと同じ馬車に乗り込んだ。一緒に帰ることになったのだ。侍女のリンも一緒に乗り込む。昔馴染みの顔ばかりで、車内は昔話に花を咲かせることになると思われた。


「お見送りありがとう」


 また戻ってくるつもりだが、ひとまず別れの挨拶をする。

 目の前にいるアルビーは被り物をしているにもかかわらず、キラキラオーラは健在だ。しばらく会えないことには寂しさを覚えるもののキラキラを見なくてすむという、どこかほっとした気持ちもあった。


 しかし彼は何を思ったか、そのまま同じ馬車に乗り込んできた。


「ええ!?」


 何事かと思った。

 驚いたライラに、見送りにきてくれたロイが言った。


「すまないね。行くと聞かないんだ。聖女には護衛が必要だと言ってね、王の許可も得てしまった。まあそこそこには使えると思うから」


 すぐ後ろにいるルーン、キース、フリッツもまたロイ同様、苦笑していた。これは完璧に同乗する流れである。

 聞けば、剣の腕はなんと騎士キースと手合わせができるほどだという。


 それってけっこう強いのでは……?


「僕とは違って、基礎的な魔術も使えるから、そこらの騎士よりは使えるだろう」


 は? 魔術まで?


 愕然とした顔でアルビーを見れば、もじゃ頭のくせに、やはり輝いている。


 前世の物語に出てこなかったのは、アザのせいかと思っていたけれど、もしかしたら万能すぎたからなのかもしれない。


「離れたくないと言っただろ」

「ええ、言った、けれども」

「なんだ、俺が行くのはだめなのか。……遊びにこいと言ったのはあんたなのに」

「……それも、言ったけれども! 王子様が簡単に王宮を離れて、端っこの領地に来てもいいの!?」

「違うから。王直々に命が下った聖女の護衛だから仕方なく」


 屁理屈のように聞こえるが、王の命令であることには変わりない。アルビーの出発準備は万端、お見送りの人々は待たせている。

 アルビーが行かなくても、他の誰かが護衛に付くことになると聞き、これ以上文句も言えない。

 どこか腑に落ちない思いだが、たくさんの人に見送られながら大人しく出発した。


 見送りの最前列を陣取った、イケメン四人の顔がしばらく見られないかと思うと感慨深く、少し寂しい。キラキラしなくなった彼らはもう怖くなく、ただただ目の保養となっていた。


 見送りの姿が見えなくなってから、隣に座るアルビーを見やる。

 領地に遊びにきてと言ったのは本心からだった。いつか遊びにきてくれたならどこを案内しようか、なんて夢見ていたくらいだ。

 だけど。


 うう、どうしてキラキラオーラなんて出てきちゃったのよ!


 見れば、輝いているし、身体は火照る気がするし、動悸は激しくなるし。

 逃げたい衝動に駆られるけれど、一緒にはいたいと願ってしまう。


 同じ顔であるはずのロイとは何が違うのかと考えて、思い至った。


 ……アザよ! そういえばアルビーが眩しくなってきたのもアザを見た時からのような気がするし。


 顔に大きく広がる花の模様。なくなれば、ロイと同じ顔た。

 キラキラしたオーラだってなくなるかもしれない。


 ライラの力であれば、アザを消せるかもしれないのだ。アルビーを長年苦しめてきたアザをなくしつつ、ライラを苦しめるキラキラも消す。名案に思わず手を打った。


「ねえ、その額のアザ、治してあげようか?」


 アルビーは少しだけ考えて、首を横に振った。


「……いい」


 てっきり了承してくれるものだと思っていたため、ライラは少し落胆した。


「どうして? 綺麗に治るかもしれないわ。そのアザのせいで、嫌な思いしたんでしょう?」

「あんたが綺麗と言ったから。だから消さない」


 振り返ったアルビーと、前髪越しに目が合った気がした。口調は真剣そのもので、思わず口ごもる。

 そんな理由でと戸惑ったが、打ち消すようにアルビーは口端を上げた。もじゃもじゃに隠れて見えないが、中の碧の瞳は悪戯っぽく細められているに違いない。


「それにロイと同じ顔になるなんて、面白くない。せっかく、あんたが特別に思ってるアザなんだ。もったいないだろ」


 ぎくりとした。心の内を読まれたようで、ライラの顔は一気に赤くなった。熱を逃すようにパタパタと手で仰ぐ。

 大丈夫か、と覗き込まれるように見られれば、火照りは収まるどころか悪化した。

 アルビーなんかに負けていられないと見つめ返すと、纏う空気が甘くなった気がして、今度は動悸が早くなる。



 しかし、ここは狭い馬車の中。


「そういうのは、俺らのいないところでやってくんないかなー」


 響いたテッドのぼやき。リンがすぐさま口に人差し指を当てた。


「テッドさん、少し空気を読みませんと」

「や、読んだからこそなんだよ、リンさん……」


 知らず止めていた息を吐き出して、ライラは大きく深呼吸した。

 なぜだか助かったと思わずにいられなかった。


 ここ数日アルビーが近くにいると感情がうまくコントロールできないようで、平常心を保つことに苦労していた。リンにも相談してみたが、曖昧に微笑むだけだった。


「ライラ様、収穫できてよかったですね。ラディッシュ」

「! ええ。私が作った野菜ですもの! みんなに食べてもらいたいわ」


 けれど、困るライラへ救いの手は差し伸べてくれた。ごく普通の話題を提供してくれたリンには本当に感謝である。

 今がチャンスと染まる頬と動悸を落ち着かせようとした矢先、テッドが不思議そうにアルビーに問う。


「なあ、なんで、それ今も被ってんだ? ここにいるのはアザのこと、知ってるやつばかりだぞ」

「被ってないと落ち着かないんだよ。それに金髪だと道中目立つだろ。……ああ、でもそっちのほうがよければ外してもいいけど」


 と言って、アルビーがまたライラを覗き込むものだから、平常心は取り戻せなかった。

 慌てて首と手を左右に振った。


 なぜなら金髪姿は、より一層。


「もうキラキラは充分です!」


 ガタガタと揺れ進む馬車からライラの叫び声が聞こえ、車内は笑い声に包まれた。


 アルビーはライラの癒しだったはずなのに。

 キラキラと火照りと動悸から解放される日はまだまだ先のようだ。

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ヒロインの癒しはもじゃ頭の王子です 夕山晴 @yuharu0209

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