第34話 告白返し
アルビーに案内されて、ガーデン横の小屋まで移動していた。
アルビーが王子だと知った日、ここで話をした。その時と同じく、長椅子に並んで座る。
「ねえ、アルビー。さっきロイ殿下が仰ったことだけど。……私、何か感謝されるようなこと、したかしら」
視界には手入れされた花と野菜。
花のアザが見えないので、隣り合って座る長椅子に感謝したいほどだ。
隣から笑う気配がする。
「ああ、別に大した話じゃない。あんたにとっては。ただ、俺にとっては……さっきの感じからするとロイにとってもかもしれないが……重大なことだったんだ。これ」
そう言って額を指すものだから、やむなく彼の顔を見る羽目になる。
もう何度か見た顔で、しかもアルビーであることには変わりないはずなのに。
顔と目とアザが、ライラの動悸を早くする。
「顔を隠すようになって、このガーデンで過ごすようになってから、人前で一度だって前髪を上げることはなかったんだ。醜いアザ、これがあるから俺は腫れ物扱い。だから俺が一人の時ですら、あまり見えないようにしていたほどだ」
前髪が上がったアルビーの表情は簡単に読み取れた。
少し睫毛が下がり、陰りが見える。思い出したくないものを思い出したのかもしれない。少しでも気持ちを和らげたいと大袈裟なほど首を横に振った。
「醜い、とは全然思わないけど……むしろ綺麗だと思うの」
ライラには本当に花に見えるのだ。だからどうしてそこまで忌避されたのかわからないし、単純に美しいと思う。
「──それ」
「え?」
「それが、あんたに感謝しなきゃいけないことだ」
アルビーがずずいと前のめりになる。
座ったときにはあった身体一つ分の距離は、顔を見合わせることでなくなっていた。
「あんたは何気なく、いつもみたいに何も考えずに言った言葉なんだろう。それが俺にとっては、救いみたいなものなんだ。たぶん」
「……たぶん」
それを付けられるとあまりありがたくなさそうな気がするわ。
そう思ったものの、真剣に話す彼を遮るのは憚られた。頷いて続きを促す。
「ああ。まずはこのアザ。これを見て顔色を変えないやつはいないんだ。醜さに顔を歪めるか、さっと笑顔を張りつけるか。そこで人の性格が出るな。だがあんたはどちらでもなかったんだ。しかもあろうことか、なんだ、花みたいだって? 馬鹿なんじゃないの」
いつもならむっとしたはずだ。
しかし今は、それができない。向けられる碧の瞳が甘く、吸い込まれそうにさえ思う。
本当にどうしたの! アルビーってばこんなんじゃなかったでしょ!
整った顔で、美しい花の模様を浮かべて。愛おしそうに細められる碧の瞳には、自分の顔が映る。
逃げ出したくなるのをぐっと堪えた。
だって、もし逃げ出したなら、アルビーはきっと傷つく。
「しかも、だ。あんたは言ってくれただろ。物好きにも……側にいてもいいかって。こんな俺から離れたくないって」
「うう」
言ったけど、本人の口から聞くと恥ずかしすぎる! しかもその目は反則でしょ!
かろうじて逃げ出しはしなかったけれど、とうとう手で顔を覆ったライラだった。
耳にくつくつと笑い声が響いた。
「こんなこと一度しか言わない。……嬉しかった。俺の存在が認められたみたいで。ずっと王宮の端にいた俺を見つけてくれて、受け入れてくれて。あんたの存在にたぶんずっと救われていたんだ」
顔を覆う手を、アルビーの手が上からさらに覆う。
抗おうにも思いのほか力は強かった。
「……だから俺も離れたくない。つまり、俺も、あんたの側にいたいんだ」
耳元で言われたそれ。
緊張か羞恥かわからないが、一瞬力が弱まったの見逃さず、ぱっと手から抜け出した。
「うわ、見るなって」
慌てたアルビーの頬は赤く染まっている。珍しいものを見てライラの瞳は大きく開く。
これはずっと見ていられるわ。
嬉しさでにまにまと口元を緩ませながら、前髪を下ろそうとするアルビーの手を止めるのだった。
散々赤面をからかっていると、もうすっかり「はいはい」としか言ってくれなくなった。
やりすぎたかしら、とアルビーの顔を覗き込む。
あ! まただわ……!
アルビーの顔がこちらを向けば、心臓が跳ねる。
顔はもう前髪で隠されてしまっている。目も見えなければアザも見えない。
なのに。
何がいつもと違うのだろう。
ライラが戸惑いを逃がそうと視線を外した先。
アルビーの腕に赤いものが見え、小さく叫ぶことになる。
「ええ! それ血が出てるじゃない!」
「あー。ちょっとな。腕を掴まれたときに擦ったのか。別に大した傷じゃない」
落ち着いて見てみると、確かにちょっとした擦り傷のようだ。
表面の皮がめくれ、うっすらと血が滲んでいる。
慌てなくてもよい傷だとわかり、ほっとしたが、おかげで別の感情が顔を出した。
「…………ちょっと試してみてもいい?」
顔色を窺いつつ手のひらを広げて見せた。アルビーは苦笑して腕を差し出してくれる。
「どーぞ」
かざした瞬間、ぱっと光る手。
むむむと念じる間もなく、あっという間に、それもあっさりと、傷を治してしまった。
「治せちゃった」
「……ああ」
治せたことにはもうあまり驚かない。
やはり、治せるときと治せないときがある。
それはどうやらライラの気持ちが率直に反映されるようなのだ。
どうしたものかとライラは困ったように眉を下げたのだった。
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