ヒロインの癒しはもじゃ頭の王子です

夕山晴

第1話 目覚めた聖女

 ライラの目の前には、ひどく整った王子の顔。

 慈しむようにライラを見つめ、そっと頬を両手で包む。


「目が赤い。大丈夫かい。ああ動かないで」


 肌が触れ合うほど近く覗き込み、王子はライラの瞳に入りかけた睫毛を払った。


「ほら取れた」


 王子は名残惜しげに頬を撫でて、そのままゆっくりと後ろに髪を梳く。

 碧の瞳に見つめられ、ライラは身動きが取れない。


「……ライラ嬢、」


 王子の少し潤んだ瞳に、ライラは動揺を隠すのに必死だった。

 ライラは、「ありがとうございます」とにこりと笑って。


 脱兎の如く、逃げ出した。



 心の中で、イケメン怖い……! 無理! と叫びながら。




 ◇◇◇




 エーレルト子爵家の令嬢として生まれたライラは、前世の記憶持ちだった。


 幼い頃は、おおきな私はまんいんでんしゃでつうきんするのよ! だとか、そんなのすまほでしらべればいいじゃない! だとか、大人が理解できないことを言ってはよく困らせていた。

 電車もスマホも無いのだから、周囲の反応は仕方のないこと。


 理解できないことを呟くライラは、何か良くないモノに憑かれているのでは、と心配され、幾度となく教会に連れて行かれた。

 ライラ自身、泣きながら教会に行った記憶が朧げながらある。

 しかし、そんな状態も物心つく頃には解消された。


 コレは言ってはいけないことなのね。


 ライラは前世の記憶を、そう理解して。

 人には話さないように、そして、ひっそりと一人で思い出しては楽しむようになったのだった。




 ライラが生まれたエーレルト子爵家は貴族ではあるものの、田舎の端っこにある力の無い家だった。

 だからこそと言うべきか、領民との距離は近く、ライラは同年代の子供たちとよく外で遊び、大人たちには可愛がられていた。


「あら。ライラお嬢様。今日もいらっしゃい。いつも息子と遊んでくれてありがとうね」

「おばさま! お邪魔しています。今日は木登りをする約束なの」

「くれぐれも気をつけてくださいねー! 何かあったら子爵様が泣きますよ」

「大丈夫よ、気をつけるわ! ありがとう!」


 自然の中で遊ぶことがライラはとても好きで、かけっこに木登り、川遊びなど十六歳の貴族令嬢とは思えない遊びをライラは好んだ。

 エーレルト子爵も勉強を疎かにしないならと特に止めるようなこともしない。

 もちろん嗜みとして刺繍や裁縫などもしてはいたけれど。

 人目を気にすることもない田舎だからこそできることだ。


 ライラは幼馴染の少年といつものように遊んでいた。

 森の奥にある崖の横に大きな木があって、そこに登って眺める街は絶景だ。

 登りやすい位置に枝があるのも、その木の良いところで。

 二人は並んで太い枝に腰掛け、街を眺めていた。


「あそこのお菓子屋さん、美味しいんだって」

「そうなんだ?」

「ええ! 今度貰ってくるから、ここで食べようよ」

「いいな、それ」


 いつもの、他愛ない会話だった。

 ライラはどんなお菓子がいいか想像を膨らませる。


 クッキーかしら。ビスケット? それともマカロンが可愛くて、テンション上がるかも。


 別のお店を指差しては笑い、足をばたつかせた。


 ひとしきり高みの見物を楽しんで、木から下りる。

 先に少年が下り、ライラが続いた。


 そして悲劇が起きる。


 ライラが着地したその場所が崩れたのだ。

 前日の酷い雨が原因だったのかもしれない。

 あっ、と目を見開いたライラは、視界いっぱいに少年の顔が現れ、そして反転した。

 ライラはお尻に走る衝撃に耐え、うっすら目を開くと、目の前には大きな木と、崩れた地面。


 幼馴染の姿は、無い。



 落ちたのか。崖から。

 ──自分の代わりに。


 震える足を叩き、走る。

 落ちたと思われる場所へ。

 転んで膝から血が流れても、腕を葉で切っても少年の元へ一目散に走った。


 そして、目にした横たわる彼の姿に、ライラは泣いた。


 駆け寄って抱き締める。

 全身傷だらけだが、特に腕があり得ない方向に曲がっている。心臓の音は聞こえるような気がするが、意識は無い。


 ライラの目から涙が溢れた。

 なんで、どうして、こんな。


 バクバクと鳴る自身の心臓の音に手は震え、力の入らない指で血が流れる少年の顔を撫でた。


 ライラは、涙と泥と少年の血で汚れた自身の顔を、腕の中の少年に押し当て、ただただ泣く。


「あ…、だ、れか、だれか!」


 助けて。


 そう口の中で呟くと、ライラの身体が光に包まれ──。

 腕の中の少年は、傷一つない姿になっていた。


 それは、まさしく聖女の、癒しの力だった。


 何の制御もなく放たれた力によって、ライラは、幼馴染みの怪我の状態を確認することもなく、意識を飛ばした。

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