第2話 ライラの正体

 ライラは王の前に立ち尽くしていた。

 ものすごい速さで状況が動き、正直頭も心もついていけていない。


「……というわけで、其方が聖女であると判明した。貴重な存在だ、他国に攫われても困る。他にも其方を襲おうとしたり利用しようとしたりする者も出てくるやもしれん。色々な危険から其方を守ろう。これからはこの王宮で好きなように過ごしてほしい」


 にこやかに、髭顔の王は笑う。


 幼馴染を助けるために聖女の力を使った。

 それは決してライラの意志ではなかったのだけれど、とにかくその力で幼馴染が助かったのは良かった。

 しかし、その力を使ったことで、「聖女が覚醒した」と世に知られてしまったのだという。


 この国の王の対応は早かった。

 魔術師が「聖女の力を感知しました」と報告するや否や、すぐに早馬でエーレルト子爵家まで遣いを出し、あっという間にライラは王宮に連れてこられてしまった。

 別れの挨拶もろくに済んでいない。


 理不尽さに対する怒りと目まぐるしい状況の変化に、ライラは疲れていた。

 王の前だから、そんな顔はできないけれど。


「ライラ・エーレルト嬢、王宮内では、彼らを頼れば良い。皆、若き才能溢れる者ばかりだ。其方の力になろう」


 そう言って、視線で指した先には四人の若者。


 第一王子殿下ロイ、期待の若手騎士キース、天才魔術師ルーン、宰相の息子フリッツ。

 それぞれの自己紹介を聞いた後、なんとも言えない既視感がライラを襲う。



 ──ええと? やっぱり、疲れているのかしら。


 これを私は知ってる、なんて。


 ひっそりと一人で思い出して楽しんでいた、あの前世の記憶。

 その中の。

 前世の自分が楽しんで読んでいた乙女ゲームモチーフの物語に酷似している。


 田舎の貴族が聖女の力を覚醒。

 王宮に呼び寄せられ、イケメンの面々と過ごしていくうちに愛が芽生えたりトラブルが起きたり王家の陰謀に巻き込まれたり。

 そして王子の危機を聖女の力で助けて、めでたく王子と結婚する──。


 前世の記憶に違いがなければ、そういった話だったはず。


 ライラは自身の立ち位置を再度確認する。



 うん。


 これって私、ヒロインポジションなのでは……!? 


 ライラは心の中で叫ぶ。

 一応貴族の矜持もあって、実際には眉一つ動かさなかった。


 いやまさか、と頭をフル回転して幾度となく否定してみたけれど、どう考えても自分がヒロインである。

 王の話を恭しく聞く素振りをしつつ、ライラは疲れた頭で状況の整理を試みる。


 え、どういうこと。今までの生活はなんだったの? ストーリー通りだったということ? 


 今まで自分の好きに生きてきたと思っていたけれど、それはただ単にストーリー通りに進められていただけなのか。

 どこからどこまでが自分の意志なのだろうか、そもそも自分の意志なんて存在しているのか。


 急に不安が募る。

 それと同時にライラは思った。


 ああ、だから。と。


 外遊びばかりしていたにも関わらず、ライラの肌は陶器のように白く。

 手入れもしていないのに、髪は輝きを失わない。


 そういう世界なのかと思っていたけれど、もしかしたらヒロインだからと何らかの補正が働いていたのかもしれない。

 イケメンの隣に、見た目ボロボロの令嬢ではバランスが悪いから。


 次々と湧き上がる仮説に、足元がふらつきそうになるのを必死で堪えながら、ライラは令嬢の顔を取り繕い続けた。


 確かに前世の記憶にある物語と一致しており、もしかしたらここは物語の中なのかもしれない。

 けれど、今の自分は、子爵家の令嬢ライラ・エーレルトなのだ。子爵である父の顔に泥を塗ることだけは避けたかった。


 わからないことは何でも聞くとよい、と王はそう締めくくり。

 花とキラキラが背後に見える彼らを、ライラは半ば呆然と──まるで他人事のように、眺めていた。




 そうしてライラは、これから生活していく部屋へと案内され──。

 部屋に入るとすぐ、崩れ落ちるように眠りについたのだった。

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