第18話 再会


 アルビーに「ガーデンへこなくなればいいと思ったことはない」と言われた。

 ライラはたくさんの芽を眺めながら、思う。


 アルビーの気持ちを汲むならば、それってつまり。


 ガーデンに私がくると嬉しい、むしろもっときてほしい、ってことなのでは!


 アルビーってば素直じゃないんだから、とほくほく顔だ。

 にやけそうになるのは、芽が出てきてくれたからだと、この場所から離れられないでいた。


 するとそこへ響く、聞き馴染みのない声。


「聖女様! よろしいでしょうか!」


 立入禁止のガーデンに、見慣れない人間が数人やってきた。

 服装を見ると、魔術師特有のマントを纏っている。


「皆様、どうされたのです。ここは立入禁止の区域だそうですよ」


 座り眺めていた自分の一画から視線を上げて、貴族らしく抗議する。

 ズボン姿の格好はまったく貴族らしくはないが、目をつむることにした。


「以前より侍女殿にお伝えしておりますが、一向にご返事いただけないようですので直接お伝えさせていただきたいと思いまして! 最近はこちらへ入り浸っていらっしゃるとお聞きしましたので、こちらまで」


 そんな理由で立入禁止を無視したのかと呆れたものだが、一応王子の許可はもらったのだと言う。


 王様の命令である立入禁止に、王子が介入できるのかわからなかったが、本人たちが大丈夫だと言うなら大丈夫なのだろう。


「以前よりお伝えしておりましたが、聖女様のお力を見せていただけませんか? 私どもも聖力にはとても興味がございまして、ぜひ一度拝見させていただけないかとこうしてお願いに参ったのです」


 魔術師の一人が返事も聞かずに手を引いた。


「聖女様、さあどうぞこちらへ! 会っていただきたい人物がいるのです。さあ」

「え、ちょっ」


 動く準備ができていなかったライラが踏み出した足は。

 出てきたばかりの芽の上に着地した。


 自分の足で潰してしまった芽を振り返っても、魔術師の足は止まらない。

 無残にぺしゃんこになった芽が遠くなっていく。


「待ってください!」


 叫ぶライラを気にすることなく、彼らはぐいぐいと手を引く。


「待てって、言ってるだろ!」


 アルビーの静止にも耳を貸さなかった。


「ああ。あなたも興味あるんですか? 聖女の力に。どうぞ一緒にきても構いませんよ」


 見た目が庭師のアルビーには目もくれず、突き進む彼らの目は据わっていて、取り憑かれているかのようだった。


 ライラは数人の魔術師に囲まれ、連れられていく。

 準備は周到だった。

 事前に作っていたのだろう、魔術文字で書かれた紙の上へ立たされると、文字は生き物のように動き、光った。

 ライラと魔術師を光が包む。


 思わず目を瞑ったライラが、目を開けると見覚えのある景色。

 何もない簡易的な柵に囲われただけの空き地だった。


「ここは……」

「ああ、聖女様は、こちらにもこられているんでしたね。さすがにルーン様の邪魔はできませんでしたので、接触は控えておりました」


 気を利かしてやったのだと言外に滲ませて、自分達の正当性を疑おうともしない。


 というか、気を利かすことができるなら、アルビーとの時間を邪魔しないでほしかったわ。


 憤慨も露わに、美少女の顔を歪ませたところで、はっとする。


「……アルビーは!」

「ここだ」


 すぐ近くで声が聞こえてほっとした。

 同じく光に巻き込まれ、ここまで移動したに違いなかった。

 危害を加えるつもりならば、ライラの味方となる人間はいないほうが都合がいいはずで。であれば本当に彼らは聖女の力を拝むことが目的なのかもしれない。


 警戒心は解かず、辺りを見渡す。

 ライラが訓練のために出入りしたときと何ら変わらない。が、佇む人影が違う。

 ルーンはいない。アルビーがいる。そして知らない魔術師が何人も。それから──。


「え、テッド……?」


 こんな場所にいるはずのない顔を見つけ、思わず口を開けた。

 茶髪にそばかす。大人と遜色なく働ける体格は、ライラもよく羨ましいと思ったものである。

 ライラが知る彼よりは、幾分綺麗な格好をしているが、見間違えることはないだろう。

 だって彼は、一番遊んでいた悪友なのだ。


「なんで、こんなところに……! え、怪我は! 怪我は大丈夫なの!」


 人づてにも手紙でも確認した。

 大丈夫だと、ライラの力のおかげで治ったのだと、聞いていた。

 けれど、だ。自分の目で確かめていたわけではない。血だらけの記憶を塗りつぶす機会を欲していた。


「はは、ライラ。大丈夫だ。そんなに慌てなくたって」


 今にも夢に見る。腕の中でぴくりとも動かないテッドの姿を。

 どんなに叫んでも助けはこず、動かないまま、目が覚めるのだ。


「どうしてここに? 本当にテッド?」


 見間違えもないというのに問うてしまうのは、安心したいから。

 元気な姿が現実なのだとようやく実感できる。


 テッドは頷き、ズボンを指して小馬鹿にしたように笑う。


「ライラはこんなところにきても、そんな恰好なんだ? 笑うわ」


 テッドだ。間違いなく。

 少しむっとしたものの、嬉しさの方が勝る。


 近寄ろうとしたライラの行く手を、魔術師たちが阻んだ。

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