第20話 魔術師と聖女の力2

 目の前で、魔術師たちは目を輝かせている。

 余韻に浸る彼らを、睨むように目を細めて見た。


 ライラの視線に気づいているだろうに、あえて無視をして。

 あろうことかテッドへと近づいてくる。

 ライラは慌てて、その身の後ろにテッドを隠した。


「近づかないで!」


 アルビーも隣でテッドを守るように立ちふさがってくれていた。

 それに力をもらえる。


 対する魔術師は、張り付けたような笑顔をライラに向けた。


「聖女様。力の発動、おめでとうございます。やはり聖女様は、間違いなく聖女様でしたね。私どもにも、傷の治り具合をよく見せていただけませんか? さあ」


 テッドへと伸ばす手を払いのけながら、不快感に眉をひそめた。


「ちょっと! 今、何をしたか! わかってるんでしょうね!」

「僭越ながら、少々聖女様のお手伝いを」


 にこりと笑う彼が、気持ち悪い。


「聖女様が、うまく聖力を扱えずお困りになっていたとのこと、少し耳に挟みまして。それならば、私どもがお手伝いさせていただくことで、聖女様のお力にもなれ、私どもの願いもより早く叶うのではないかと思った次第です」


 思いのほかうまくいきましたね、とライラに同意を求めてくる。


「何を……」

「よかったじゃありませんか。やはり、私どもの考えは正しかった」

「は、」

「聖女様が最初にお力を使われたのは、そこにいる彼のためでしたでしょう。同じ状況になれば、再現できるのではないかと思いましてね。いやはや彼を連れてきた甲斐がありました」


 ライラの顔はますます険しくなった。

 テッドはこのために連れられてきた。傷つけられるために、連れてこられたのだ。

 あまりの気持ち悪さに、一度吐いてしまったほうが楽になるかもしれないと思うほど。


 全て親切心からやったことだと魔術師たちは言うのかもしれない。

 余計なお世話だ。


「だからと言って、彼を傷つけることが許されるわけではないでしょう!」

「泣いていらっしゃるのですか? ──ああ、嬉しさで?」

「そんなわけ!」

「……ですが、聖女様。まだまだこれは初期の段階です。この者相手には癒しの力が使えるのかもしれませんが、他の人間、どこまでの範囲の人間にその力が発動できるのか、試してみる必要がございますよ」


 あくまでテストの一環。

 その姿勢を崩さない魔術師たちは、テッドのことなど気にしていない。

 未知の力である聖力を解明したくてたまらないようだった。


「そんなのどうだっていい! テッドに謝って!」


 本当は謝っても許されることではない。許すつもりもない。

 が、謝罪もない姿には余計に怒りが湧く。

 けれど魔術師たちにはわからないようだった。


「なぜ?」


 魔術師が首をかしげて、ライラは話がまるで通じないことを悟る。


「なぜって、」

「聖女様、私どもは、その少年にテストに協力してほしいから、と一緒にきてもらっています。報酬も、小さくはない額を前金としてお渡ししていますよ。それでも謝罪の必要が?」


 振り返り、テッドの顔を見ると、顔を忌々しく歪めながらも小さく頷いていた。


 リーダー格の魔術師は、にこやかな表情を崩さず、今気づいたかのように手を打った。


「ああ、テストの内容はお話ししていませんでしたが。怖気ついて逃げられては困りますからね。ですが、短時間で高収入、それでいてリスクなし。そんな都合の良いお仕事があるわけありませんでしょう? ……それはその方も理解されていたはず」


 テッドの顔を見ればわかる。

 彼は決して頭が悪いわけではない。本当に、理解していて魔術師の提案に乗ったのだ。

 ライラはぎり、と奥歯を嚙み締めた。

 貴族令嬢の顔を捨て、魔術師かテッドにか、それとも自分にか、大きく舌打ちをしたい気分だった。


「よかったじゃありませんか。聖女様が見事お力を発揮なさったからこそ、彼は今、無傷で。それでいて高い報酬を得られた。もちろんお支払いした報酬は彼のものですよ。取り上げることなどいたしません。そして、聖女様はお力を使えることを証明でき、私どもは癒しの力が発動した場面を見ることが叶った。……この場にいる全員にとって、大成功だったと思いますよ」


 噛みつく事柄を見失って、ライラは押し黙る。


 それを見やって、目的は果たされたのだろう、周りの魔術師たちはぞろぞろと帰って行く。聖女の存在に敬意を示すためか、誰一人欠かさず会釈をしていった。


 リーダー格の魔術師だけが最後に一言残していく。


「次のステップですね。聖女様。他の人間にも使えることを祈って。またお手伝いが必要なようでしたら、いつでも仰ってください。今回のように、一番効果的な方法を探しましょう。──それでは、聖女様の成長を楽しみにしております」


 では、と魔術師のマントを翻した。

 残された三人は無言で、遠ざかる彼らを見送ったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る