第31話 アルビーの奇襲
向けられたゲルトの笑顔を見てアルビーは正確に理解した。
──ああ、あれは俺を狙うのか。
短剣の刃が鈍く光り、近づいてくる。
ゆったりとした動きに見えたが、錯覚だろう。
切られることを想像して目を瞑る。
腕を切られる。それ自体は正直どうだってよかった。
ゲルトは癒しの力を見ることが目的だと言っていた。腕がなくなることにはならないだろう。もし傷が酷かったとして、テッドと同程度だろうと思われた。
一時痛いと感じるだけ。大したことじゃない。それも時間が過ぎれば血は止まり、傷は塞がる。残る痕はどうだっていい。
しかし脳裏にちらつくものがある。
アルビーの頭をよぎるのは、テッドの怪我を治したときの辛そうに歪むライラの顔。
ライラにそんな顔をさせたくないと思うのだ。
アルビーに嫌われたくないとライラは言った。アルビーの側を離れたくない、とも。
そんなライラをアルビーもまた手放したくないと思う。
自分に心を砕いてくれる存在がこんなに心地よいものだとは思わなかった。
これまでの疎まれた生活も全て、このためだったのではないかと感じるほど。
ずっと気になり、目で追っていたライラだからこそ尚更。
魔術の力なのだろう、足が地面に張りついたように動かなくなった。
ライラも同じような状況であるようだ。
足を動かそうと必死にもがく姿も、まるで自分を助けようとしてくれているように思えて──愛おしく、守りたい。
ガーデンの植物以外に向けたことのない感情に少し驚きつつも、納得した。
いつの間にか、思っていた以上のスピードで、ライラはアルビーの生活の一部になっていた。
だから……聖力の特訓が気に入らなかったのか。
ライラが他の人との時間を優先させているように思えたから。それから、自分に構ってくれる時間が減ったから。
駄々っ子のような思考に思わず笑いたくなった。
疎まれ続けた小さなアルビーが、愛してほしいと叫んでいるように聞こえた。
事実、それは正しかった。
アルビーは愛してほしかった。
ゲルトが腕を掴む。
彼の手には鈍く光を放つ短剣がある。
「ねえ……! アルビーは!」
ライラが手を伸ばして叫ぶのが見えた。
その先は何だろうと考えて、微かに笑みを浮かべた。
関係ない? それとも王子?
──俺の傷を見てあんたが辛くなるなら、関係あるし。それに。
「お前、誰に剣を向けてるのかわかってるか? まあわかってないから向けてるんだろうけど」
急にアルビーがしゃべりかけるとゲルトは胡乱げに眉を寄せた。
いらない肩書が、今このときほど使えるのではないかと思ったことはない。
「俺は、第二王子。それでも剣を下ろさないか?」
「はい?」
アルビーは額に手を当てる。
自身のもじゃもじゃ頭の前髪をさっと持ち上げた。
視界を遮るものがなくなり、アルビーは眩しさに少し目を細めた。
あらわになったアザ。
気持ち悪いと疎まれて蔑まれて、腫れ物となった原因の。
「その顔……、アザは……!」
まさか本当に、とゲルトが驚愕している。
躊躇させられればよかった。
アルビーの狙い通り、彼は止まる。強く掴まれていた手から力が抜けた。するりと解いたあと、魔術による拘束も効力を失っていることに気づく。
「もうやめたほうがいい。お前がこんなことをしなくても、彼女は聖女で、聖女はちゃんと癒しの力を持ってる」
「……しかし!」
ゲルトはいまだ驚きから抜け出せていない。かしゃん、と剣が落ちた。
思った以上の効果を発揮できたことに安堵する。こんな状況で知ることになるとは皮肉なものだが、彼の王族に対する忠誠心は本物だった。
彼にとってこのアザがどう映るのかはわからない。新たな火種にならなければいいけれど、今更だ。正体を明かした今、どうなろうと責務は果たすと決めている。
ただ一つ、気になるのはライラの反応だけ。あえて見ないようにしていたけれど、とうとう彼女を直視する。
前髪越しではないライラは、白く、光に溢れて眩しく、一層美しい。
どこか視線の合わない彼女は、顔に広がるアザを見ているのだろう。
気持ち悪く思うだろうか、それとも同情されるだろうか。そう考えると恐怖で唇が震えた。
ややあって、その美しい口が開く。
「……きれい」
最初こそ驚いた様子を見せていたけれど、他に忌避感も嫌悪感も感じない。
その聖女の言葉に救われる思いがした。
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