第28話 聖女の肩書き
ロイたちは魔術師団の副団長だというゲルトに話を聞きに行くと言う。
解放されたライラとテッドはほっと胸を撫で下ろした。
「テッド……実は私、少し、ロイ殿下たちのこと疑ってたの」
「それは仕方ないと思うけどなあ。あの人たち、肝心なところをなかなか言わないからさ」
「でも、あの方たちがテッドに酷いことをしたわけじゃなくて、本当によかった」
両手を合わせて安堵する。若干涙目になっているのは、緊張から解放されたからだろう。
鼻の横を人差し指で触りながらテッドは呆れ顔だ。
「だからな、心配しすぎなの、ライラは。まあ、あんな事故があったから仕方ないかもしれないけどな、幸い怪我はなかったんだ。ライラのおかげだけど。俺は前と変わらないつもりだし、ライラもそんなに気にするんじゃない」
気遣ってくれた言葉だ。十分にわかっている。
が、冷静ではいられなかった。幼馴染の彼の前では大人びた振る舞いをすることができなかった。
そもそもテッドが私のことを信じきって、王宮になんてやってきたから怪我させられたのよ。
それがなければ、と思うと少しの苛つきを覚えた。一時の感情に任せて言葉に含ませる。
「でも、私のこと、聖女だからどんな怪我をしたって治してくれるって思ってない? そう思ったから魔術師の提案に乗ったんでしょう? それでも、自分は昔と変わっていないなんて言える?」
後悔することになるとも思わず、愚かなことを口にした。感情に身を任せてはろくなことにならないと学ぶことになる。
ぽかんとしたテッドは数秒考えるように斜め上を向く。思い当たることがあったようで、ああ、と手を打った。
「聖女だから、というか、ライラだから? 俺の知ってる、木に登ったり川に素足で入ったり走り回ったり畑で転がったりするライラだったら、悪いようにはしないだろうと思ったし、力になりたいと思ったわけ」
今度はライラがぽかんと口を開ける番だった。
テッドには「なんだその顔だらしないな」と笑われたが、目から鱗が落ちた気分だ。
一瞬で恥ずかしくなった。
テッドは心からライラを心配してくれていたのに。
──聖女という肩書に囚われているのは私なのかもしれないわ。
そう思って目をぱちぱちと瞑る。
ここは前世で読んだ物語の世界で。
ヒロインは聖女で、自分自身。
”物語を守る”ために、ヒロインである聖女は守られ、優先される対象だと思い込んでいた。
テッドから否定されるまで気づかなかったことに、心底驚いていた。
これまで自分が対処できる範疇を超えることは「聖女だから」だと思ってきた。本当にそうなのかしら、とライラはようやく自問する。その中には「ライラだから」もあるのではないだろうか。今回のテッドのように。
大きく目を見開いたままのライラを見て、テッドは肩をすくめる。小馬鹿にしたような笑い顔によって、変に落ち込まずに済んだ。
「そんなに驚くこと? 王子様だって他の人だってみんなライラのこと気に入ってるみたいだったじゃん。いくら聖女だからって、人間性に問題ある人を好きにならないでしょ」
それは数日前のアルビーの姿に重なった。
幼馴染の信頼関係を信じてもいいんじゃないか、とそう言葉の裏で言っていたアルビー。
「そっか。そうよね」
自分のことを信じてくれるテッドを信じよう、と思ったばかりだったのに。
上辺だけでわかったつもりになっていただけだった、とライラは目が覚める思いだ。
私は聖女だけど、聖女であろうとする必要はないのかもしれないわ。
今思えばライラに対して、「聖女」を要求したのは、魔術師団の副団長ゲルトに属する人間だけだ。
「……忘れられるもんなら、あの事故のことなんか忘れてしまえばいいと思うくらいだ」
テッドはそう言ったが、あの事故があったからこそ、ライラは今ここにいて。
「そんなこと、できるわけないわ」
「だーかーら! できるならって言ったろ。深刻になりすぎるなってことだ」
即座に否定したライラをテッドはあっさりと笑い飛ばしてくれる。そんな彼だからこそライラを想ってこんなところにまで様子を見に来てくれたのだ。感謝しきれないほどだ。
「ふふ、そうね、大丈夫。私は私、ね。……なんだかすっかり忘れてたみたい」
聖女じゃない私。
それでも受け入れてくれるだろうか。
前髪で瞳を隠す彼に、無性に会いたくなった。
「ロイ殿下たちが例の副団長さんに話を聞いてきてくれたら、これできっと何かわかるはずだもの。もしあの人が勝手にやったことなら罪を認めて償ってもらわないといけないし。……私も、他にやりたいこともあるし」
聖女の肩書に隠れるのはやめることにする。
真正面から向き合いたい人がいる。
「ああ。そうしたら、ライラにはもう関係ない。ライラのあずかり知らないところで解決してもらえばいいさ」
はは、と笑うテッドに倣って、ふふ、と声に出して笑ってみた。テッドのように振舞うことで自分には無い力をもらえるような気がした。
少しの緊張が混ざった顔で黙りこくったライラをしばらく眺めていたが、テッドは肩をすくめてにやりと笑った。
「どうせ今からアルビーのところだろ」
「……わかる!?」
「わかるもなにも、わかりやすすぎるんだって。今の集まりの話を伝えてやる必要もあるだろうしさ」
そんなにわかりやすいかしら?
ライラには全くわからない。
むしろ上手くアピールできていないと思っているほどである。いかんせん、彼の態度は初めて会った時から──多少気にはかけてもらえているようだが、ほとんど変わっていないのだ。
だからこそライラも積極的になりきれないのだけれど。
「無理やりに連れて行かれたと思ってたから、どんな暮らしをしているのか心配だった。けど、ライラなりに楽しく過ごしているみたいで安心してる」
「……本当は、ついこの前まで帰りたいとばかり思っていたの」
自分の生きてきた世界とはまるで違った煌びやかな場所。
人に追われることも慣れていないのに、聖女だと持ち上げられ、よりによって全く免疫のない綺麗な顔の彼らに好意を寄せられる。
自分の居場所ではないと思った。今でもそう思っている。
だけど、自分を聖女だと知りつつも普通に接してくれる、前世の物語には出てこない彼──いや、自分が気になって仕方のない彼、の側ならば。
私は、ありのままの姿でいられる。
その時間がとても大事で、失くしたくないものなのだとライラは思うのだ。
「今は違うんだ?」
それには答えなかったが、ライラの顔は緩んでいる。
呆れたように「はいはい、よかったな」と言うテッドはその意味を理解したようだった。
がりがりと頭を掻く。
「……たぶん本人は言わないし、王子様も言わなかったみたいだから、俺が言うけど」
テッドは面白そうに目を細めた。
ライラの顔はきっと、驚きと嬉しさでおかしな顔をしていたに違いない。
「昨日のあのパーティーの場所、中庭のガーデンを勧めたのってアルビーだぞ」
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