vsライエン 2


「もっと気張れよ、死んでも知らんぞ」


 アッシュにとって中距離とは、己の間合いに他ならない。


 彼が生まれ持って手に入れていた魔法、魔法の弾丸マジック・ブリット


 生まれてから八年近くこの魔法には世話になり続けている。


 アッシュには、自分がこの魔法を、恐らく世界でも五指に入るレベルで使いこなしているであろうという自負がある。


 習熟度が上がり、最早目を閉じたり、意識を集中させずとも魔法は発動する。


「魔法の連弾、十連」


 魔法の弾丸を同時に生成し放つ魔法の連弾。

 その軌道を一発ごとに微妙にずらし、放つ。


 一発目が着弾、ライエンはその場を動かず痛みに耐える。


 そこも想定内だ、二発目がそんなライエンの足を射貫く。


 三・四発目が腹に入り、五・六発目がそれぞれ両の腕を刺し貫いた。


 とうとう堪えられなくなり地面に倒れ伏す彼の腿と肩を残り四発の弾丸が打ち抜いた。


 知力が上がっているアッシュの魔法の弾丸は、既に人体を容易く貫通する。


 曲射をマスターし、時間差であらゆるところに精密な射撃ができるようになったアッシュの魔法の弾丸は、本来想定されているであろうものより遙かに多様で応用の利くものへと変化していた。


 血反吐を吐きながら倒れている様子を見て、アッシュはライエンに近付いてリジェネレートを使う。


 あまり大量に魔法を使いすぎても、こちらの魔力が切れてしまう。


 ライエンは何をしても死ぬことはない、というか死ぬ寸前までいけば彼の能力が発動するのですぐにわかる。


 それなら痛みにくらいは耐えてもらおうと、直接患部を治すヒールではなく内側から少しずつ傷を癒やすリジェネレートを使ったのだ。


 再度距離を取り、ライエンが立ち上がるのを待つ。


 彼は今回は5秒が経つ寸前に立ち上がった。


 既に意識は朦朧としているようだが、ライエンの肉体は闘争を選択したようだった。


「フレイム……アロー……」


 消え入るような小さな声で呟かれ、魔法が生み出される。


 だがライエンの手元に生まれた初級魔法フレイムアローは、今まで彼が試合で見せていたものとは桁が違っている。


 大きさも太さもライエンの腕くらいあり、もはや矢というよりは槍のようなサイズになっている。


 そして温度が高いのか、その炎の色は白を通り越して青くなっていた。


 ただの炎の矢とは次元の違う威力だと見ただけでわかるそれを、ライエンは的確にアッシュ目掛けて放ってくる。


「チイッ、ウォーターエッジ!」


 アッシュは初級水魔法ウォーターエッジを放ち、即座に転げるように右へ飛んだ。


 炎の矢はそれを真っ正面から受け止め、少し停滞してから嘲笑うかのように突き破る。


 すぐに速度は元に戻り、先ほどまでアッシュがいたところへ攻撃が飛んでいく。


 アッシュの着ているコートの端が炎に触れた。


 信じられないことに攻撃を受けた部分が一瞬で炭化し、パラパラと地面へ落ちる。


 ライエンの固有スキルに内包されている二つ目のスキル、『勇気の魔法ブレイブオーバー』。


 彼が使う魔法を、本来のものとは別物の勇者バージョンへと超強化させる力だ。


 その威力は、今しがた体感した通り。


 恐らくは未だレベル5にも届いていないはずのライエンのフレイムアローは、レベル20を超え知力に相当な開きがあるはずのアッシュのウォーターエッジに容易く打ち勝った。


 あの一撃を食らえば、今の自分でもひとたまりもない。


 ライエンのスキルは自分より強力な敵を倒すための、ジャイアントキリングに特化している。


 それをこうして肌で実感することは、とても恐ろしいことであった。


 だが今彼が力を使っているということは、自身がライエンにとっての巨人であるという証明でもある。


 そのためアッシュの内心は、歓喜と恐怖がない交ぜになっていた。



 剣を支えにしながらなんとか立っているライエンを見据えていたアッシュの耳に、バシュンと大きな音が聞こえてきる。


 何かと思い思わず目を会場の外へ目を向けると、そこには先ほどのライエンのフレイムアローを飲み込む巨大な水の壁が生み出されていた。


 完全に失念していたが、もしこの水壁がなければあの矢は観客に当たっていた。


 あんなものを一般人が食らえば、間違いなく消し炭になってしまっていただろう。


 危うく、観戦者から死人を出してしまうところだった。


 中級水魔法ウォーターウォール、それがあれだけ巨大なものになるとするのなら術者の知力は並大抵のものではない。


 しかも自身から距離を離せば離すほど効力の減衰する魔法を、遠距離からこの大きさで発動できる。


 アッシュが知っている限り、この場にいる人物でそんな芸当ができるのは一人だけだった。


 貴賓席で王の前に立ち、その大柄な身体に見合った棍棒のような杖を掲げる偉丈夫。


 シルキィの父親である、リンドバーグ辺境伯だ。


「余波は俺が止めてやるっ! お前らは好きにやれ!」


 遠く離れたアッシュにまで届くその声はまるで野獣の咆哮のようで、どれだけ肺活量があるんだよと苦笑いすら出てしまう。


 だが周りを気にせず戦えるのは、ありがたい話だった。


 そもそもこれだけ余裕を持って戦えるのも、今だけの話。


 ライエンの力が十全に発揮されれば、今の自分ですら敵うかはわからないのだから―――。


「さぁて、そろそろ回復したか? 第二ラウンドといこうじゃないか」

「僕は……倒れない。負けない、負けられないんだ」

「ハッ、知ってるよ――痛いほどにな」

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