vsライエン 4
「僕は、いったい……なんなんだ……」
「……まぁ、そりゃそうなるよなぁ」
息つく暇があったおかげか、ライエンもまたアッシュほどとは言えずとも、冷静に自分を見つめ直すことができた。
その動揺はかなりのもので、呼吸は乱れ、全身は震えている。
わけがわからぬうちに強くなっていく自分が、理解不能という顔をしていた。
本来は神殿で巫女に「勇者来たれり」という神託が下り、そこから紆余曲折を経てライエンは自分が勇者だいうことを知り、旅をしていく中で強くなっていくという流れがある。
だが今ライエンは、自分がなんなのかもわからぬまま、アッシュという負けイベントを覆すために次々と新しい力に目覚めている。
(いきなり自分が強くなりすぎたら、そりゃ怖いだろうな。戦ってるこっちの方が怖いんだが、向こうは精神年齢まんま十才だろうし)
今こうしてライエンが不安がっているのは、間違いなくアッシュと戦っているせいだ。
ライエンはそのせいで、本来ならまだ早い覚醒
を繰り返している。
教えてあげる必要があるだろう。
彼が一体、何者なのか。
その答えを知っているのは、今はまだ時自分だけなのだから。
「お前は……主人公だ」
「……主人公?」
「そうだよ、お前こそがこの世界を動かす主役なんだ。ほら、周りを見てみろよ」
ライエンは言われるがまま、観客達の姿を見た。
そこには若い男から年配のまで色んな者達がいる。
貴賓席には、明らかに豪奢な身なりをした人間もいる。
本来なら縁遠いはずの貴族すら、今はライエンとアッシュだけを見つめている。
そのことに妙な高揚感を感じている自分がいることに、ライエンは驚きを隠せなかった。
「皆が皆、俺とお前だけを見てる。今はまだ闘技場の中だけだ、でもこれからは違う。お前に注目する奴らはどんどん増えていく。そしていつか世界中の人間が、お前の存在を知るのさ」
「僕を……」
いきなりわけのわからない力に振り回されてまず最初に感じたのは、恐怖だった。
自分が化け物になってしまったような、身体の内側から全く別の物に造り上げられていくかのような身の竦む恐怖だった。
だが今アッシュの言葉を聞いて、ライエンの胸中を全く別の感情が満たしていく。
それは己が直人(ただびと)でないと分かった人間特有の、自分が選ばれたという興奮だった。
ただの村人でしかない自分が、世界を動かす主役になれる。
そんな物語でしか見たことのない主人公に、自分はなれるのだ。
しかもそう太鼓判を押してくれたのは、他の誰でもないアッシュなのである。
自分がどれだけ強くなっても敵わない存在の言葉は、彼に理由も根拠もない謎の安心感を与えてくれた。
「でも……だったらお前はなんなんだ。僕より強い君を、どうやって説明する?」
「あぁ? そんなの決まってんだろ」
さも当然のような口ぶりだった。
自分は全くわからないというのに、彼は既に自身を理解しているというのか。
きょとんとした顔をしたアッシュは、こう続ける。
「主役(おまえ)を導くためのお助けキャラだよ。……こうして戦ってみて、自分の分を改めて弁えさせられた。結局のところ俺は、それ以上でも以下でもない」
「……ふふ、バカを言うな。一体どんなお助けキャラが、助ける人物をここまでボコボコにするんだ」
お助けキャラというのは、倒せない敵を一緒に倒してくれたり、色んな面でサポートをしてくれるキャラクターのことだ。
主人公をめった刺しにして何度も気絶させるような過激なお助けキャラは、古今東西にあるどんな本の中にだって存在しないだろう。
ふとライエンは自分が既に、己の力への恐怖がなくなっていることに気付いた。
己の力で圧倒的に敵をねじふせれば、また違ったのかもしれない。
しかし今彼の目の前には、力を解放しても敵わない相手がいる。
自分より強い人間がいるという事実は、自分が一足飛びに強くなっていく得体の知れなさを容易く塗りつぶしてくれた。
今の僕は強い。
でもまだ……これじゃあ、彼には届かない。
僕が主人公だというのなら、もう一度でいい。
もう一度、僕を高みへ。
今この瞬間、目の前の好敵手(ライバル)を超えられるだけの力をっ!
神への祈りが通じたからか、それとも本当に自分が世界を動かす存在だからか。
ライエンの身体が、先ほどとは見違えるほどに力を増していく。
戦い始めてから常に出ている白色の魔力のオーラが、更に輝きを増す。
今のライエンの全身からは、ゴブリン程度の魔物なら触れただけではじけ飛ぶような強烈な聖の魔力が溢れていた。
聖魔法、それは本来ある四元素魔法とは外れたところにある系統外魔法の一つだ。
古来より神に選ばれた者だけが使えるという言い伝えがあり、これを使いこなす人間は必ず歴史に名を残すと言われている。
バキンバキンッと脳内に己の鎖の錠前が立て続けに壊れる音が聞こえてくる。
そして己の中に、新たに手に入れた力の使い方が流れ込んできた。
(これなら―――勝てる)
ライエンはそう確信し、にやりと笑う。
だがどういうわけか、対面しているアッシュもまた彼と同じように……いや、ライエンよりも深い笑みを浮かべていた。
「次が最後だ。俺の全力で、勝負を終わらせてやる」
「――わかった。なら僕も全身全霊の一撃で、君を倒させてもらう」
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