vsライエン 3
「っざけんな、○スピサロかよお前はっ!」
アッシュが一度腕を引き、右半身を捻りながら前へ出す。
関節の動きを意識しながら放つ、蛇のような軌跡を描く斬撃。
それをライエンは剣の腹で受けようとするが、剣はスルリと抜け彼の身体に傷をつけた。
ライエンは再度口から血を吐くが、自分の傷を気にすることもなくそのまま横にした剣で薙ぎを放つ。
既に目は白目を剥いていて、意識があるのかどうかも怪しい状態だ。
だが、未だに立ち続けている。
前傾姿勢で身体を倒し、そのまま前進。
一度、二度、三度。
左右から連撃を繰り出しながら相手の表皮を裂く。
軽く速度を意識した攻撃では、致死量のダメージを与えることはできない。
しかし今はそれでいいと、アッシュはただライエンを削ることだけを意識した。
今の彼の全身には、青い光が迸っている。
対するライエンの身体もまた、白色に光り輝いていた。
強者達が全力で戦う時にのみ現れる、漏れ出した微量の魔力の可視化現象。
『絶界魔力(ゼロマナ)』とも呼ばれる光は、太陽の光よりも強く周囲を照らしていた。
『勇者の心得』第四の力『不屈の勇気』は、ライエンが戦う限り体力を回復し続けるスキルだ。
彼の体力は、回復魔法をつかわずとも無限に回復し続ける。
そのためこの力が使えるようになってからは、更に耐久性の高さに磨きがかかるのだ。
だが、ライエンは決して無敵ではない。
繰り返し行われる回復に身体がついてこれなくなる状態異常の過回復(オーバーヒール)になれば終わりだし、そもそも一撃で殺されれば永続回復はなんの意味もなさない。
『不屈の勇気』の回復量を超えたダメージを受け続ければいずれはやられてしまうし、m9ではそこまで強いという評価を受けてはいなかったはずだ。
トドメをさすこと自体はできる。
だが、それはしない。
ライエンの解放された『勇者の心得』のスキルはまだ四つ。
あと三つを出させ、その上でライエンを倒さなければ、完全に勝利したとは言えない。
ありがたいことに、アッシュとの力量の差を身体強化という形で第一のスキル『不撓の勇気』が埋めているためか、どれだけ身体を刻んでも限界が訪れる様子はなかった。
そのため今アッシュは、ライエンの重傷状態を維持しながら、『不屈の勇気』で回復した分のダメージを削るという、敵方のライフコントロールをしなければならなくなっていた。
ただでさえ『不撓の勇気』でステータス値が上がり続けているため、既にライエンの剣はアッシュに届き始めている。
だというのに、その上で繊細なライフコントロールまでしなくてはならないのだ。
アッシュは全力を出してこそいないが、本気で戦っていた。
(相手はなんで腕が飛んだり、足が生えたりするたび全回復するんだよって当時は思ってたが……五体満足でおんなじことやられる方が、もっと心にクルな)
どれだけ傷をつけても回復され続ける。
どれだけ倒してもずっと立ち上がってくる。
倒せば倒すだけ、強くなって立ち向かってくる。
アッシュは今、ゲームのラスボスと戦っているような感覚を覚えていた。
倒しても倒しても終わらない戦闘は、悪夢のようだ。
勇者スキルの解放はあと三つ、つまりボスで例えるなら後三段階くらい。
だとしたら今は、相手の両手両足が弾けたあたりだろうか。
アッシュの突きがライエンの喉を裂く。
自分の回復量を信じてか、玉砕覚悟でライエンがカウンターを放ちに来た。
舌打ちをしながら、それを下半身を大きく動かして回避する。
だがその動きも予想していたのか、ライエンは剣を避けて無防備になったアッシュの腹に蹴りを入れた。
ドッと今まで感じたことのないレベルの衝撃が腹部を襲う。
口から唾液が零れ、喉奥をグッと閉めなければ今にも吐瀉物が口から出てしまいそうなほどの衝撃だ。
既にライエンのステータスは、アッシュのそれを上回っている。
『不撓の勇気』自体がステータス差を補うスキルのためか、差は開くことなく、ステータスの上昇は止まっている。
だがライエンは既に、アッシュの速度を超えていた。
手数を重視し、視覚外からの攻撃を多用するアッシュにとって、速度の上がったライエンはやりづらいことこの上ない。
「僕は……勝つっ!」
ライエンが剣を正眼に構える。
そして彼が固有スキルを使う時に発される白いオーラの勢いが、更に強まった。
バヂンッ、と腱が切れるような音が鳴る。
既に聞き慣れ始めていた、ライエンの枷の外れる音だ。
これで五つ目、えっとたしか五個目のスキルは……。
「『
ライエンの周囲に、白く光る弾が幾つも浮かび上がる。
咄嗟の反応でアッシュも魔法を発動させ、発射。
「魔法の連弾、十連」
「魔法の連弾、十連」
二人が発動するのは、全く同じ魔法。
先に魔法発動の準備を始めたのは、ライエンだ。
だが魔法の練度自体はアッシュの方がはるかに高いため、発射したのはアッシュの方がわずかに早い。
両者の放った弾丸の距離が近付いていく。
第五のスキル『借り物の勇気』は相手が戦闘中に使った魔法をそのまま使用できる能力だ。
しかもクールタイムが必要とはいえ、MP消費無しでである。
『不撓の勇気』と併用し知力を上げれば、威力は相手が放った物とほぼ同じになる。
そして更に――。
「『
『勇気の魔法』を使用すれば相手の威力を上回る魔法が使えるようになる。
相手が使った魔法を完コピして、更に威力マシマシで打てるようになるのだ。
相殺して消えると思っていた魔法の連弾は、アッシュが放ったそれを食い破りながら向かってくる。
自身のものを超える威力で放たれた魔法の連弾を目の前で見せつけられ、苛立ちながら回避する。
いくら威力が高かろうと、それを使うライエンには未だ技量が伴っていない。
彼にできるのは本来の使い方である同時発射による面の攻撃のみで、軌道もシンプルで読みやすい。
魔法の連弾に精通したアッシュにとって、躱すことは難しくなかった。
この第五のスキルがあるせいで、アッシュは現状で使える最強魔法である極大魔法四種を使うことができずにいる。
アッシュの奥の手であるこれをスキルでコピーされれば、勝ちの目はなくなってしまう。
もし使うとしたら、それはライエンにトドメをさす時でなければならない。
そうでなくては極大魔法でやられるのは、ライエンではなく自分になってしまう。
「……あと二つか、持つかな俺の身体」
既にアッシュは自身にリジェネを使いながら、魔力を節約して戦っている。
あとは六つ目のスキル『
六つ目のスキルは状態異常をこちらにかけるスキルだが、今のアッシュにはリカバーとオーダーがある。
つまりは後はアッシュのロックさえ解いてしまえば、彼の全力とやれるということだ。
そのために今アッシュは、兼ねてから練習してきた隠し球を使わずに戦っている。
意識を失い、再度取り戻す目の前の人外(・・)を見ながら、俺ってなんでこんな熱くなってるだろと少し冷静になった。
今のアッシュは、少しばかり目立ちすぎている。
主人公ライエンを中心に回るはずの世界が、変わってしまうかもしれない。
もしライエンを倒してしまえば、魔王を倒すよう期待をされるのは彼ではなく自分に……。
「……いや、関係ないなそんなの。今更出し惜しみは無しだ、全力全開で行かせてもらう」
疲れからか後ろ向きになり始めていた自分を叱咤する。
今必要なのは、今後のことを考えられるだけの冷静さではない。
本当に要るのは、目の前に居るライエンを倒せるだけの情熱だけだ。
それにこの段階で勇者スキル全てを解放してしまうというのは、案外悪くないことでもある。
きっとそうなればライエンは、m9の時よりもずっと早く強くなれるはずだ。
彼が強くなることは、どんな世界線であっても嬉しいことなのは間違いない。
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