二人の少年と三人の少女 2
「しかし複数能力持ちの固有スキルとは……凄まじいな。まだ十才であれか……」
「恐らくは、モノが彼の力を最大限に引き出しているのでしょう。思い返してみればやつは最初から、ライエンに発破をかけていたようにも見える」
辺境伯の予想は当たっていた。
ライエンが持つ固有スキル『
将来勇者となる彼のスキルは、一人の少年が持つにはあまりに強すぎる。
全力で使えば身体が保たず壊れてしまうため、段階的に能力が解放される仕組みになっている。
そしてその解放条件とは――強敵に立ち向かおうとする、強い気持ちだ。
本来ならその時点で敵わない相手と戦う際に発動し、新たな能力を解放させ、敵を辛くも打ち倒すということを繰り返して、ライエンは強くなっていく。
そして力の使い方を覚えていき、七つある『勇気』スキルを駆使できるようになった時には、魔王に挑むだけの強さが手に入るような仕様になっているのだ。
しかし今ライエンの目の前には、現状では絶対に勝てぬアッシュという存在がいる。
本来なら一つ解放すれば敵を倒せるはずのスキルのロックを外しても、アッシュは更にその上を行く。
そのため今のライエンは、いくつものロックが連続して外れている状態だ。
既にライエンは七つある能力のうち四つ目、HPを無限に回復し続けるスキル『
何度倒しても立ち上がるその姿にシルキィが恐れたのも、頷ける話だ。
今のライエンは徐々に力をつける主人公というより、倒すたびに一足飛びに強くなっていくラスボスようなものなのだから。
「――してリンドバーグ卿、現状を分析するにどちらが勝つ?」
「ふむ……未だモノ優勢なのは変わりませぬが、両者の差は徐々に縮まってきている。わからなくなってきた、というのが正直な感想ですな」
面白くてたまらない、といった様子で戦いを見つめているバカな男達。
それより少し後ろ、シルキィより後方のスゥ達のところへ近付いていく影があった。
近くに父親の姿の見えぬ、メルシィである。
父であるウィンド公爵は、既に気分を悪くして待合室で休憩を取っている。
国王を辺境伯に託し顔を青くしていた貴族は、他にも大勢いた。
既に貴賓席からは先ほどいた者達の何人かの姿がなくなっている。
メルシィはスゥへゆっくりと近付いていき、震えている彼女の手を取った。
人の温もりを感じたからか、スゥの身体の震えは目に見えて小さくなってゆく。
「スゥ様、大丈夫ですわ。説明下手なおじさま方は言いませんでしたが、もっとよく見てください。きっとあなたが考えているようなことは起こりません」
「メルシィ様……」
半ば茫然自失としていたからか、スゥはメルシィに言われるがままに試合へと目を向ける。
メルシィはスゥよりも、はるかにこういった血なまぐさいものが苦手だったはずだ。
けれど彼女は今、この光景から目を逸らさず、自分へ何かを伝えようとしている。
それがなんなのか、スゥは知らなければいけないと思った。
スゥも最初はわからなかった。
だが見ているうちに、メルシィが何が言いたいのかが徐々に理解できてくる。
ライエンの身体から白い光が噴き出すたび、そしてそれでも力及ばず倒れてしまうたび、アッシュはただ一歩引いて呼吸を整える。
どれだけ大きな隙があっても、決してトドメをさしたり試合を終わらせようとはしない。
ライエンが起き上がり、ある程度動けるようになってから剣を向ける。
それは命をかけた試合というよりかは、師匠が弟子を相手につけている稽古のようであった。
己が持つ技術を弟子へ受け継がせる師のように、彼は己の技をライエンへ叩き込んでいる。
「真剣な試合……じゃない?」
「真剣ですよ、二人とも。そうじゃなければ、あんな顔はできませんもの」
「たしかにライは真剣だけど、それと戦ってるモノ選手は……」
そして物理的に技を叩き込まれたライエンが、凄まじい速度で強くなっているのだ。
明らかに劣勢だったはずの彼の攻撃は、既にアッシュへと届き始めていた。
もし本気で勝ちに行くのなら、ライエンがこんな風に成長していくよりも先に倒してしまえばよかったはずだ。
そうしていれば、苦戦することもなかったのというに。
不思議そうな顔をするスゥを見て、リンドバーグ辺境伯が笑う。
「腹鳴らしのようなものだ。相手に全力を出させた上で、その上を行く。モノはライエンが持つ固有スキルの全ての力を出させた上で、それに打ち勝とうとしている」
腹鳴らしとは、王国にある度胸試しの一つである。
ルールは簡単で、二人の男がお互いの腹を順番に殴り合い、先に倒れた方が負けというものだ。
ただこの腹鳴らしにおいて、最初から全力を出すのはタブーとされている。
二人が何発か相手の腹を殴り、身体を温めてから本気の一撃を食らわせるというのが暗黙のルールとなっているのだ。
辺境伯はモノがやっていることも、それと同じだと言ったのだ。
彼は相手のエンジンがかかるまで、自分の腹を何度も殴らせてやっているのだと。
ライエンを強くするために、わざわざそんなことをする。
スゥには理解の及ばない世界の話であった。
だが彼らがこう言っている以上、ライエンが死ぬことはないのだろう。
少しだけホッとしたことで、スゥは自分の手を握るメルシィの手も震えていることに気付く。
私と同じように恐がって……と最初は思ったが、そうではない。
彼女は試合を見て、手に汗握り興奮しているのだ。
ただ真相が見えず震えていたスゥとは、大きく違う。
「強いんですね、メルシィ様は」
「強くなんかありません。ただ弱いからこそ、目が離せぬのです。倒れても立ち上がり続けるライエン選手も、その上を行き続けるモノ選手も……まだ私たちと同じ十才なのですから」
メルシィはそう言って、モノを見つめている。
今この瞬間を目に焼き付けようと、彼女の目はいつもよりも開かれていた。
スゥもそれに続き、ライエンの勝利を願いながら戦いの行く末を見守る。
二人に聞こえぬような声量で、すぐ後ろに居る国王達が口を開いた。
「若い世代に刺激を与えもする……か。俺がライエン達と同い年だったら、やる気無くしちまいそうだけどな」
「それだけの何かがある、ということなのでしょう……ですが」
リンドバーグ辺境伯は、その強面をいっそう渋面にしながら顎を撫でる。
「なんだよ?」
「恐らく百年に一人の逸材であるはずの、超のつくほど強力な多重能力の固有スキルを持つライエン。彼とまともに戦えているモノとはいったい……何者なのでしょう?」
――その問いに答えられる者は、誰一人としていなかった。
老いも若きも、身分の高い者も低い者も、王侯すらも目を離せなくなったこの試合。
皆が拳を強く握り、固唾を飲みながら二人の戦いを見つめている。
勝負の行く末は、誰にもわからなくなっている――。
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