二人の少年と三人の少女 1
「もう止めてッ! 死んじゃう、ライが死んじゃうよっ!」
悲痛な叫び声が、貴賓席に響き渡る。
その声は伯爵令嬢であるスゥのもの。
彼女は目に涙を溜めながら、必死になって自分の父に訴えかけていた。
スゥはライエンが負けることはない、彼なら絶対に勝ってくれると信じていた。
それは幼い子供が抱える恋心と期待から来る純真な気持ちだったが、しかしことこのような状態になれば話は違う。
今もまた、スゥの目の前でアッシュの魔法によりライエンの腹が刺し貫かれる。
ライエンは吐血しながら、彼を引き離そうと剣を振った。
力任せに振るった剣を避け、アッシュが数歩下がる。
ライエンがアッシュ目掛けてフレイムアローを放ち、それをアッシュは魔法の弾丸で軌道を逸らして避けた。
あらぬ方向に飛んでいった魔法が観客の手前で止まる。
幾重にも重なった炎の壁が火の勢いを弱め、それを後ろにある一際大きな水の壁が塞ぎ止めた。
先ほど出された辺境伯の指示により、武闘会を観戦していた騎士達は現在、二人の攻撃から観客を守るために総動員されている。
ただの子供のチャンバラごっこにそこまでの警戒をすることなど、普通はありえないことだ。
だがそれをせねばならぬだけの力が、あの二人にはあった。
彼らが戦うその様子は異様そのもので、これが年少の部であり、年齢制限無しの本大会の前座であるということを覚えている者はいない。
皆が皆、固唾を飲んで戦いの行方を見守ることしかできなくなっていた。
「お父様、今すぐ戦いを止めて下さい! あんな化け物と戦っていれば、本当にライエンが死んでしまいます!」
「うむ、だがそれは……」
我が娘の悲痛な声を聞き、伯爵が顔をしかめる。
彼を始めとする観客のほとんどは、既にこの会場の空気に飲み込まれていた。
試合が始まるまでの熱狂的な声援は既になく、ただ魔法と剣がぶつかり合う音だけが静かに耳に届く。
司会役の女性は必死に声を出しているが、その勢いもどこか弱々しい。
本当ならあまり血なまぐさいものが好きではない伯爵は、戦いが既に苛めにしか見えなくなった段階で戦いを止めるつもりだった。
だが、それができない理由があったのだ。
「ならん、どちらかが倒れるまでは手は出させるな。これは王命である」
「国王陛下っ!」
国王陛下と辺境伯が、この戦いに見入っているからだ。
彼らの表情は、真剣そのものだった。
「スゥ嬢、これは男の戦いよ。二人の間に割り込むようなことがあっちゃいけない」
「その通りだ。あいつらは今、己という存在を火にくべてその炎を激しく燃やしている。そこへ水をかける行為は、あまりにも無粋だ」
でも……とスゥはステージ全体を見渡す。
二人の戦いはあまりにも激しく、そして凄惨だった。
既にステージは互いの衣服や血が飛び散って凄まじい様相となっている。
だがどちらも、戦いを終える気配はない。
いったい何が二人をここまで突き動かすのか、スゥにはそれが全く理解できなかった。
「それに安心しろ、本当に命に関わる状態になったなら何がなんでも止めるさ。だろ、リンドバーグ卿?」
「無論です。あれだけの才能を持つ若武者達、ここで死なすのはあまりにも惜しい」
スゥからすればライエンは今すぐにでも死んでしまいそうにしか見えない。
だがどうやら国王達は、この戦いをそれほど深刻に考えてはいないようだった。
国王も辺境伯も、戦いを止めようとはしない。
それどころか彼らは、次に何が出てくるのかを楽しみながら試合を見ている節があった。
「なんだあれは……回復魔法を使わずに、腹の傷が塞がっていくぞ!?」
「恐らく固有スキルでしょうな、リジェネの回復量ではああはならない。いったいライエンは、幾つ隠し球を持っているのか……」
「でもあいつは魔法や身体能力を強化するスキルもあっただろ? 汎用であの強化はやばいと……」
「――多分うちと同じ、複数能力持ちの固有スキルだと思います」
二人の会話に割り込んだのは、シルキィだった。
彼女の持つ固有スキル『風精霊の導き』は、父である辺境伯の『魔法(マジック)習得(アクイージョン)』をも凌ぐ強力なものだ。
だがシルキィは確信していた。
恐らく目の前で戦うあのライエンが持っているのは、自分の固有スキルすら軽く凌駕するようなとてつもないものだと。
国王フィガロ二世が驚いていたように、既にアッシュに刺されていたはずの傷は癒えている。
そして試合当初と比べると、ライエンの動きは目に見えて良くなり始めていた。
何十何百と傷をつけられ、骨が砕けるような一撃をその身に受けながらも、より強くなっていく。
スゥはモノ――アッシュのことを化け物と呼んだ。
だがシルキィからすれば、ライエンの方が遙かに怪物じみているように思える。
自分を含める何人もの人から魔法や剣を習い、それを極限まで鍛え上げたアッシュ。
それを真っ向から受け止め続け、傷を受けながらも超えようとするライエンの姿は、シルキィには化け物にしか映らなかった。
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