vsライエン 5


 ライエンは後ろに下がり、それに合わせてアッシュも後方へ動いた。


 二人はステージの端と端に位置取って、最強の一撃を放つために集中を始める。


 ライエンは目を瞑る。

 そして息を整え、ゆっくりと持っている剣を上段に構えた。



 彼の指先から流れ出す白色のオーラが、剣を包み込んでいく。

 バチバチと白色の雷が剣を覆い始め、その勢いはどんどんと強くなっていった。





 固有スキル『勇者の心得』、第七のスキル『最後の勇気』。


 己の全てを剣に込めて叩きつける、単純にして最強のスキルだ。


 ライエンはこの技が己が使うどんな魔法よりも威力が高いことを、直感で理解した。



 後のことなど考えず、この一撃のために全てを懸ける。


 MPを全て使い、更に己のHPまで削ることで、更に『最後の勇気』の威力を上げていく。


 このスキルは自身のHPすらもMPとして換算することができる。


 己を鍛え上げ、一流の戦士になれば、正しく一撃必殺の攻撃が放てるようになるだろう。


 そう考えながら、『不屈の勇気』で超回復していくHPとMPの全てを剣へ注ぐ。


 剣がとうとう魔力に耐えきれず、真ん中から砕け散った。


 しかし剣があった場所へ、魔力は留まり続けている。


 刀身が消えようとも、『最後の勇気』は使用することが可能であった。


 溜めを作れば作るだけ、無限に威力の上がっていくライエンの必殺技。


 彼はそれに対抗するアッシュの技がいったい何なのか、半ば楽しみとすら思いながら見届ける。







 しばらく目を瞑っていたアッシュは、魔法発動の準備を整え、カッと目を見開いた。


「氷結地獄(コキュートス)!」


 彼が左手を上げると、そこから青色の光の球が現れる。


 そして次の瞬間、アッシュの左側にある世界は、銀色の雪景色へとその様相を変えた。


 気付けば頭上には雲が浮かんでおり、とんでもない量の雪が降り始める。


 天候を変えるほどのその魔法は、未だ発動していないにもかかわらず、既に足下を凍らせ、氷の柱を作り始めていた。


 幾重にも張られていたはずの魔力結界や魔法を超え、観客達の息が白くなっている。


 このまま続ければ、彼らは氷像となり死んでしまうとわかるほどに急激な気温の変化だった。


 騎士や魔法使い達が総出で会場の気温を保ったため、観客から凍死者が出ることはなかった。


「焦土炎熱(マーズディザスター)!」


 アッシュが右手を上げた、その上に浮かんでいるのは赤色の光の球だ。


 今度彼の右側に広がったのは、先ほどまでとは真逆の光景であった。


 ステージの表面がひび割れ、熱された仕切りの鉄が赤く変色を始める。


 覆いになっている鉄が溶け始めるほどの高温が、試合会場を地獄さながらの様相に変えていた。


 察知して貴賓席から飛び降りた辺境伯が、観客に対して防御魔法を展開させる。


 それだけのことをしなければ会場の人間達が干からびて死ぬと、彼は咄嗟に悟ったのだ。


 この会場の人間達にすら牙を剥く攻撃魔法二つ。


 どちらか一つが発動すれば周囲の人間達まで巻き込むその魔法。


 そんなものを使うつもりかと焦るライエンの前で、更に一つの動きが起こる。


 アッシュが持ち上げていた両手を、グッと一息に近付けたのだ。


 手の上にあった光の弾は互いに反発しあい、押し戻そうと動いていた。


 それをアッシュは強引に近付け、更に思い切り押し込んで重ね合わせる。


「合成!」


 先ほどまで起こっていた天変地異にも似た現象が、まるで嘘だったかのように消え失せる。


 赤と青に光っていた発動寸前の魔法は既になく、アッシュの右手には新たに紫色に光る何かが生まれていた。


 既に熱さも寒さは消えており、余波をもろに食らったステージだけが先ほどあった出来事が事実であったことを示している。


 ただ、ライエンにはわかった。


 先ほどまでの強力な魔法が消えたのではない。


 周囲をまるごと飲み込んでしまうような魔法二つは一つに収束され、がっちりと噛み合ったことで、内へ内へとその破壊力を向けているだけなのだ。


 アッシュが対ヴェッヒャー用に生み出した合成魔法――これを作り上げるまでに、彼は実に二年もの時間を費やしている。


 原作では不可能だった魔法の同時発動は、魔法の連弾のおかげで可能であることが判明している。


 そのため彼は右手と左手で別種の魔法が使えるよう訓練をし、それを極大魔法でも可能になるように特訓した。


 更にそれらを合成し一つの技として使えるようにするまでに、彼は何度も自身と始まりの洞窟を壊しながら、練習を重ねてきた。


 火の地獄と氷の地獄。


 この相反する二つのエネルギーをただぶつけ合っただけでは相殺され、消えてしまう。


 魔力の配合や魔法の威力の微調整を行うことで魔力が混ざり合い、魔法が溶け合う微妙なラインを割り当てることに成功したのだ。


 氷結地獄と焦土炎熱は混じり合い、互いを高め合いながら一つの魔力体になった。


 純粋なエネルギー体としてそこにあるだけのそれは、魔法という言葉で表すにはあまりにも単純すぎるただの魔力の塊だった。


 しかし、本来なら周囲一帯に影響を及ぼすだけの威力のある極大魔法同士を合わせたその魔力塊の威力は、並大抵ではない。


 ゴブリンもスライムも一瞬で消し飛ばしてしまうため、本当の威力はアッシュ自身にもわかってはいなかった。


 だが彼には、たとえ頭上にHPが数値化して表されていなくともわかっていた。


 この合成魔法を使い全力で挑まねば、決してライエンには届かないということを。


 ステージの端同士に位置している彼らを取り囲むように、砂塵が飛び回り始める。


 実体を持つだけの濃密な魔力が、物理法則すらもねじ曲げて、砂を吹き上げているのだ。


 時折交わされていた観客同士の会話も、実況者の解説も既にない。


 世界は二人が生み出す音以外の全てを、奪い去ってしまっていた。


 互いに見つめ合い、ピリピリとした空気がお互いの神経を削り合う。


 ゴクリと喉を鳴らしたのは、果たしてアッシュとライエンのどちらか。


 まず先に動くのはアッシュだった。


 己が魔力を留め置ける限界まで耐えた彼は、造り上げた合成魔法が暴発する寸前にそれを前へと放つ。


 対するライエンもまた、それとほとんど同時に動き出した。


 彼の身体もまた、限界に近付いていたのである。


 これから得られるはずの力を前借りしたからなのか、既に身体の感覚がなくなり始めていたのである。


 まだ若すぎるその身体で『勇者の心得』を使い過ぎた代償が、今になって襲ってきたのである。


 既に左手の握力がなくなっていたライエンは、残る右手の力だけで思い切り剣を振り下ろす。


 結果として二人の技の発動は、まったくの同時になった。



「極覇魔力弾!」

最後の勇気ラストブレイブ!」


 凄まじい速度で、お互いを目掛けた必殺の一撃が空を駆ける。


 そしてステージの中央で激突し、相手方の攻撃を食らいながら、真っ向からぶつかり合う。


 見る者に神々しささえ感じさせるライエンの一撃が、地面を抉り取りながら前に進もうとする。


 対するアッシュの、毒々しい印象を与える紫色のエネルギー光は、それを飲む込むようにいくつにも分かれて動き始めた。


 まるで一つの生き物が触手を伸ばすかのように、それら一本一本の光が蠢きながら『最後の勇気』の周囲へと回っていく。


 周囲に衝撃波が飛び、観客達まで攻撃の余波へと巻き込まれた。


 バリバリと大気が雷に裂かれるような轟音が会場を満たし、子供達は耳を塞ぎながらも目だけは光らせて両者の激突を見守っていた。


 被っていた帽子が飛んでいってしまった紳士淑女は、呆然としながらも己の応援する方の名を口に出して試合を楽しんだ。


 そしてステージ脇に立っているリンドバーグ辺境伯は、顔をしかめながらも周囲への影響が最低限になるよう己の使える最上位魔法である聖母(トワイライト)聖域(サンクチュアリ)を発動させ、せめて死人だけは出すまいと冷や汗をかいて魔法を使った。


 咄嗟に近くに居たスゥ達を守るように動いた国王を、風のオーラが守っていた。


 シルキィが固有スキルを使ってようやく発動できる最上位魔法『風精霊(サモンウィンド)召喚(エレメンタル)』を使い、貴賓席全体を風精霊に護らせたのだ。


 まさかこれほどまでとは思わず年甲斐もなく興奮している王は、自身が守られていることにすら気付かず技のぶつかり合いを眺めていた。


 互いに譲らず、迸るエネルギー波がぶつかり合い、減衰しながらも前に進もうとする。


 そして片方の魔力が、もう片方を貫き――。


 怒号のような音が会場を揺らした。


 目を開けていられないような眩しすぎる光に、誰もが目を開けていられなくなった。


 しばらくしてから音が止み、恐る恐る目を開けようとする皆がバタンという音を聞く。


 どちらかが倒れた音に違いないと、皆が目を痛めることすら気にも留めず瞼を開ける。


 するとそこには――地面に倒れ込むライエンと、剣を支えにしてなんとか立っているアッシュの姿があった。



 慌てて飛び出してきた辺境伯がライエンの脈と心臓を測り、そして頷いた。


 そして司会役の女性が立ち直るよりも早く、先ほど轟音でおシャカになりかけている観客達の鼓膜にも届くような大音量で叫んだ。



「この勝負! モノの勝ちだ!」



 観客達はその結末を見届け、獣の遠吠えのように声を張りあげた。




 陽気な男は指笛を鳴らし、デートにやってきていたカップル達は互いを抱きしめ合い、未だ世界を知らぬ子供達はいつか自分もあんな風にとキラキラと目を輝かせる。



 戦いの結果を見届けたアッシュは、そのまま意識を失い地面に倒れ込む。


 救護班が慌てて駆け寄り、問題ないというジェスチャーをする。


 両者が無事であることを確認し、ホッとした観客の誰もが、先ほどまで無名だったはずの二人の少年の健闘を称えた。



 結果、大盛況の内に武闘会年少の部は幕を下ろす。


 その優勝者は――アッシュ。







 彼は、自分は主人公にはなれないお助けキャラだと言っていた。


 だかこの日をもし、一つの物語とするのなら。


 その主人公となるのはきっと、アッシュに違いない――。

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