キャリー


 アッシュが考えていた、王都でもできる魔法習得のやり方。


 それは――『偽装』の巻物を手に入れたあの王家の墓にいる魔物達と戦闘をするというものだった。


 もちろん、クリア後の隠しダンジョンに現在の強さで挑むのは無理がある。


 しかし彼にはある腹案があった。


 それは偶然シルキィと出会ったことで思いついた、ゲームでは出来なかった方法。


 名付けて、『自分が無理ならチートキャラ達にキャリーしてもらえばいいじゃない作戦』だ。


 この世界には、シルキィのようなチートキャラ達がたくさんいる。


 そして当たり前だが彼らは生きている人間なので、こちら側からコンタクトを取って仲間になってもらうことも決して不可能ではない。


 彼ら彼女らに戦ってもらえれば、今のアッシュでも戦闘に参加しておこぼれをもらうことができるはずだ。


 m9の世界では、得られる経験値は戦闘の貢献度によって割合が変わる。


 そのためまともに攻撃の入らないアッシュの割合は相当低いし、レベルはほとんど上がらないだろう。


 だが戦闘に参加さえすれば、魔物の使う魔法は手に入れることができる。


 終盤やクリア後に覚える魔法を現段階で得られるメリットは、とてつもなく大きい。


 ただ、当たり前だがこの作戦に参加してもらう者達には必要な条件がいくつかある。



 まずは当たり前だが、凶暴化はしていないとはいえ相当に強力であろう魔物達を倒せるだけの実力者を集めなければならないこと。


 そして次に、彼らが王家に対して忠誠を持って居らず、王家の墓で戦うことに抵抗のない人物であること。


 最後は、彼らがこのことを誰にも口外せずに秘密にしてくれることだ。



 これらの要素のどれか一つでも間違えれば、アッシュは魔物に殺されるか人に殺されるかという違いはあれど、ヴェッヒャーに殺される前にゲームオーバーになってしまう。


 だからといって、戦力的に問題のある面子ではマズい。


 そのためアッシュは今、自分の持つゲーム知識でなんとか懐柔できる強力なキャラクター達を血眼になって探していた。


 本来なら遠出をしてアイテムを集めたりもしたいのだが、まだ王都の外には出られない。


 そのため仲間に誘える可能性のあるキャラは、かなり限られてしまった。


 シルキィとはあれからもたまに顔を会わせてお茶をしたりもしていたが、彼女は面子に入れることはできない。


 辺境伯の長女である彼女は、王家の墓の存在を教えるのはマズいからだ。


 アッシュは既に一年ほど前から入念に準備を進めていたが、ここ数日でようやく最後の人物に連絡がついた。


 そしてアッシュ発案の長ったらしい名前のキャリー作戦が、とうとう実行に移されることになる――。













 王都の中心部を少し外れたところにある酒場『ドラゴンの尾』は、ランクとしては中の下の店だ。


 一階の酒場で出すのは安酒が多く、金がある人間はよりグレードの高い店へ向かうために客足は常に少ない。


 そんな寂れた酒場の二階には、ぶち抜きで作ってある一つの個室があった。


 その部屋はかつて、折檻部屋として使われていた。

 そのため悲鳴を部屋の外へ出さぬよう、壁は相当に分厚く作られており、周囲に音が漏れることはない。


 防音の密室となっているため、後ろ暗い会談をする際によく使われるスペースだった。


(ったく、俺をこんなところに呼び出しやがって……嘘だったら、その場でたたっ切ってやる)


 蝋燭の明かりだけが部屋を灯しているその場所に、一人の男がいた。


 その名をブライといい、傭兵を生業にして戦地を渡り歩いている名前の通りの無頼漢だ。 


 齢三十を超えて未だ肉体に陰りは見えず、既に冒険者としてのランクは最上位の一つ下であるAランク。


 これ以上ランクが上がらない理由は、公式な場に出せないその性格に起因している。


 彼は純粋な戦闘能力だけなら、ギルドの中でも1、2を争うほどに高い男だった。


 己の力に磨きを掛けることを決して怠らず、既に使える汎用スキルの数は五十を超えている。


 今から十年後にはスキル数を百以上に伸ばし、『百のスキルを持つ男ザ・ハンドレッド』と呼ばれるようになるブライも、現在では道半ばといったところだった。


 ちんけな酒場程度なら貸し切りにしても懐の痛まぬ彼が、こんな辺鄙な場所へやって来たのは一通の手紙が原因である。


 普段なら気にもせず破り捨てる彼だったが、その内容に惹かれこの場所へやって来たのだ。


(呼び出し人が誰なのかは知らんが……本当に知ってるってのか、アレの在処を)


 ブライはゴキゴキと首を鳴らしてから、同じテーブルに座っている二人の人間に目を向ける。


 彼の視線に気付いた一人が、パッと顔を明るくして手を上げる。


 金色の髪に金色の瞳なのはまだいいとしても、着けている鎧までまっ金々というド派手な見た目の男だ。


「誰かと思ったら君は……傭兵のブライか。……ってことは、君達との競争なのかな」

「全部がうっせぇ、黙って待ってろ」


 一々決めポーズを作り、その度に真っ白な歯が光る。

 (奴の周りだけ光が反射して、鬱陶しいことこの上ねぇ)


 今すぐ叩っ切ってやろうかと、思わず剣に手をかけてしまいそうになるほどだ。


 喧嘩っ早い傭兵の流儀が抜けないブライは、目の前に居る男を見て額に青筋を立てた。


 この全身金尽くめの男の名は、エメラダ=ホーキンス。


 王都で最も大きな闘技場『コロッセオ』においてナンバーワンの人気と実力を持つ剣闘士だ。


 賭け事に興味のないブライは見たことはなかったが、聞くところによるとその人気の理由は彼の見た目だけではなく実力にもあるらしい。


 見た目も華やかなこいつがこんな場末の酒場に来るってことは……いや待て、こいつ今競争って言ったか?


 てことはこいつもあれを―――ドラゴン殺しの宝剣、滅竜剣(ドラグスレイブ)を………。


 ブライの視線は鋭くなり、それを跳ね返すようにホーキンスが挑発的に笑う。

 男娼のような艶やかな笑みを見せて、全身金尽くめの男は反対側を向く。


「もしかしたらここの三人で取り合いかもよ、君はどうするつもりだい?」

「ハッ、もしそうならお前ら二人を殺して奪うだけさ」


 四角のテーブルの一角を占めている、片目の女性も二人につられて笑った。


 その右目は赤く、傷を隠すためか左側には大きな黒の眼帯をしている。


 着ているのは一見すると真っ赤なビキニにしか見えないが、れっきとした防具だ。

 彼女が着けているのは、何故か全身の防御力が上がるビキニアーマータイプの防具である。


 頭に被っているのは黒く髑髏の刺繍がされたハットで、腰には細く長いレイピアを差している。


 彼女は女海賊のマチルダ。

 この王都から離れたところにある陸港近くの離島を拠点にし、出航した船から水先案内料を徴集して暮らすマチルダ海賊団の女団長だ。


 冒険者にすらなれなかったような荒くれ者達を取りまとめる手腕は伊達ではなく、女で組織のトップにあるだけの実力があるらしい。


 とにかく足が速い斥候タイプで、たしか王都の衛兵に首を持っていけば一生遊んで暮らせるほどの金が手に入ったはずだ。


 王都にも手配所が回るくらいには有名なはずのマチルダまでここに来ているとなると、いよいよきな臭い。


 自分やマチルダのようなただ強いだけの碌でなしを、秘密裏にこんなところに呼び出してすること。


 荒事なのは間違いないだろうが、合法かどうかもかなり怪しい。


(ま、法に則ってるかどうかなんざどうでもいいが)


 ブライとしては自分が欲しい物が手に入るのなら、多少法を犯すくらいのことは問題ない。

 ホーキンスは知らないが、マチルダも自分と同じ考えでここに来たのだろう。


「でも多分、ウチらが求めてるアイテムって違うと思うよ。だってアタシが探してるのは、レア度が高いだけで全く使えない呪われた魔法具だし」

「ああ、じゃあ違うね。僕が言われたのは、そもそも魔法具ですらない」

「俺が探してるのは滅竜剣だ。そろそろドラゴンを倒したくてな」


 実際に戦ったことがないのでわからないが、マチルダとホーキンスも噂で聞いたことはあるくらい名の通った実力者だ。


 いくらブライが強くとも、真っ正面から戦えば負ける可能性はゼロではない。


(とりあえずは皆が探しているブツが別だったことを、依頼主には感謝するべきかもしれんな。だがそもそもそんな稀少なアイテム群の情報を、依頼主はどこから……)


 ブライの思考は途中で打ち切られる。


 ギィと蝶番が軋み、古く重厚な造りの扉が開いたのだ。


 三人の視線が一瞬で、ドアの方へと向く。


 そこに立っていたのは――ローブを被り顔を隠した、一人の男だった。

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