大きな背中


「まずセピアは、そもそも魔法って何個覚えてる?」

「魔法の弾丸の一つだけです」

「……それは、レベルアップで覚えた?」

「……わかりません、ただ気付いたら使えるようになってたんです」

「――ふぅん、そっか。ちなみに魔法の覚え方にはいくつかの種類があるの。基本的にはレベルアップして覚えるか、もしくは……」

「魔法が使える魔物を倒すことできっかけにするか、ですね」


 この世界での魔法は、魔力があれば誰でも使えたり、弟子に教えたりすることができるような技術ではない。


 新しく魔法を覚えるにはレベルアップをして自分に適性のあるものが自然と身体に馴染むのを待つか、もしくは自分の適性のある魔法を使う魔物を倒してその端緒を手に入れるかしかない。


 完全に才能と適性がものを言うため、m9の世界では何よりも血統が重視される。


「そう、だからレベルアップしながら魔法も覚えられる魔物との戦いが一番効率がいいってわけ。ダンジョンにはもう潜った?」

「いえ……実は潜ろうとしましたけど、怖くなってやめちゃいました」


 少し恥ずかしかったが本当のことを言うと、彼女はきょとんとした顔をした。


 あひる口を作りながらジッとアッシュを見るその目は、いつもより開いているように見える。


 どうやら二十歳超えたおっさんが怖いなどと言い出すとは、思ってもいなかったらしい。


 精神年齢込みなら本当はそれより年上なんだけど……でも未来の自分の殺人現場ってわかってると、二の足を踏んじゃうんだよなぁ。

 そう内心でひとりごちる。


「大丈夫だよ、魔法の弾丸は学園で最初に教えてもらえる魔法。始まりの洞窟に魔法の弾丸だけで挑む生徒も結構いるし」

「スライムの核やゴブリンの頭、今の俺でも抜けると思いますか?」

「ん、余裕っしょ。気付いてなかったん? セピアが撃ってた的、私用の特注のやつだよ。他より硬くしてあんの」

「へ……ごめんなさい、勝手に使ってしまって!」


 シルキィは「いいっていいって」と手をひらひらさせながら笑った。


 魔法の弾丸の威力が低いのだとばかり思っていたが、どうやら的自体が高い強度で作られていたらしい。


 ということは、自分の実力は思っていたよりも高いのかもしれない。

 そう思うと、なんだか自信が湧いてくる気がした。


「とりま、今のセピアはあんま他の魔法に浮気すべきじゃないと思う。魔法の弾丸を学園がなんで最初に教えるか、わかる?」

「威力は低めでも、連射ができたり数でカバーできたりと応用範囲が広いから。それに属性付与ができるようになればどんな敵にも対応できるようになる」

「そう。それに威力だってレベル上がりゃ強くなるよ。ほれ、見てみ。水魔法の弾丸ウォーター・ブリット


 シルキィの指先から、水の属性を付与した魔法の弾丸が放たれる。


 的に当たった瞬間練習場内にドガァンという轟音が響く。

 そのあまりの大きさに、模擬戦をしていた者達すら手を止めて壊れた的へ目をやるほどだ。


 綺麗だったはずの的は、真ん中に大きな穴が空いており、その周囲は黒く変色してしまっている。


 自分が八発かけてようやく穴を開けたものを彼女はたったの一発で抜いてしまった。

 しかも革ごと貫通させて。


 レベルアップに伴う知力値の上昇による威力の差があるとはいえ、その魔法はアッシュのものとあまりにも違っていた。


「戦ってくうちに二連三連で装填したり、遅延(ディレイ)かけて置く・・こともできるようになるから応用利くよ」

「魔法の弾丸の練習だけしてればできるようになりますか?」

「うん、多分。連射する練習をしっかりすれば、魔法の弾丸に二連・三連って表示が増えてくようになるよ。遅延はフレイル火山のタイムキーパーとか倒せば手に入るし」


 とりあえず、自身の持つ原作知識と大きく異なる点はないようだった。

 なので教わるというよりかは、確認作業に近かったかもしれない。


 だがそれでも、アッシュとしては大満足だ。

 実はシルキィとこうして話ができるというだけで十分で、会話の中身など些細なことでしかないのだ。


 ただこうして話をしていて、思ったことがある。

 今のシルキィはまだ十二歳、つまり魔法学園に入学したばかりのはずだ。


 だというのに彼女は既に、とんでもない強さを持っている。

 しかも自分が本当に得意な風魔法を使わずにこれだ。



 ――このレベルに到達することが、果たして自分にできるのだろうか。



「んじゃ、私帰るわ。やっぱここじゃなくて、家の練習場使う」

「あっ……ありがとうございました! ――――シルキィさん、あのっ!」


 気付けばシルキィは自分の的を回収し、この場を去ろうとしていた。


 ただお礼を言い、感動を胸にしまっておけばいい。


 最初はそう思ったのだが、だんだんと離れていく彼女の背中を見つめているうちに、気付けばアッシュは口を開いてしまっていた。


「俺は……俺はあなたみたいに強くなれますかっ!? シルキィさんのような、強い魔法使いに!」


 恐らく自分が十二歳であれだけの実力があれば、魔王軍幹部ヴェッヒャーにいいようにやられることはないだろう。


 今まで一人で修行を続けていたアッシュの目の前に現れた、一人の少女。


 明確な指針や目標もないまま闇雲にやってきた中で、彼女の存在は今のアッシュにはあまりにも大きかった。


 漠然とではあったが、己の目指すべき場所が見えたのだ。


 それは近い将来『風将』となる、麒麟児シルキィの背中。

 高くそびえ立つ壁は、目標とするには適しているだろう。

 自分が『風将』を超そうなどというのは、無謀かもしれない。


 それでも、俺は…………。


 アッシュは内心で葛藤しながら、あまりにも大きく見えるその背中を追う。


「んーとね……」


 シルキィは自分の唇に手をやりながら、くるっと首を捻って、そのままこてんと傾げた。


 自分が知っている大人な彼女のものではなくて、年相応の純真さを持った無垢な仕草。


 揺れる髪とつぶらな瞳が、ドクンとアッシュの心臓を高鳴らせる。


「なれるよ、うん。セピアならきっと………あ、そだそだ」


 そのまま去ってしまうのかと思ったら、彼女はパンと柏手を打ってからスタスタと近付いてきた。


 さっきよりずっと距離が近付いてくると、流石に緊張から身体が強張ってしまう。


 気付けば彼女は、アッシュに息が届くほどの距離にまで近付いていた。


 が、あまりに身長が低いので彼は彼女の吐息を感じ取ることはできなかった。


 残念だけど、仕方ない……少し変態チックに思っていたアッシュは次の瞬間、度肝を抜かれた。


 ――シルキィが本来ならセピアの下半身でしかない、自分の顔の前にグッとその身を寄せたのだ。


 そしてあろうことか彼の耳に口を近付けて、


「ねぇ、ホントの名前教えてよ」

「……アッシュです」

「年は」

「……三歳」

「そ、覚えとく」


 シルキィはそれだけ言うと、すぐに身体を離して距離を取った。


 傍から見ると男の下半身に声をかけているヤバい女性でしかなかったと思うが、彼女は流石と言うべきか目撃者が出ないように動いていた。


 アッシュの方は自分の正体がバレるという特大のポカをやらかしたことで、逆に冷静になることができた。


 彼女はどういうわけか、自分が見た目を偽っていることに気付いているらしい。


 なぜ……と考えて、自分が完全にド忘れをしていたことを気付く。


「そうか……固有スキル」

「そそ、私のは戦い以外にも使えるの。よくそこまで理解できたね?」


 シルキィの持つ固有スキル、『風精霊の導き』。

 風魔法の威力を上げ適性を引き上げるだけではなく、相手の周囲の風を読み取り嘘発見器ばりの観察眼が手に入るチートスキルだ。

 彼女はそれを使って、自分の正体を看破したのだろう。


「早く家帰んなよ、パパとママが心配するよ」

「うるさいっすよ……そっちだって、両親と仲良くないくせに」

「う……それ言われると弱いなぁ」


 やられっぱなしが癪だったので、お返しに自分が知ってる情報を言ってやった。

 どうやら効果は覿面だったらしい。


 だがよく考えるとまた本来なら知らないはずの情報が口から出してしまった。

 それに気付くと、だらだらと冷や汗が出てくる。


 どうも転生してから、うかつになったような気がする。

 もしかすると身体に、精神がひっぱられているのかもしれない。


「けどあんたなら始まりの洞窟は余裕でいけるっしょ。さっさとクリって別んとこ行かないと、魔法増えないよ」

「そうっすね……わかりました、行きますよ。どうせいつかは行かなくちゃいけないんだ、やってやるさ」

「ふぅー、おっとこのこぉ」

「からかわないでください! 俺の方が年上ですから!」


 前世の年齢と実年齢を足してという意味だったが、シルキィには今のアッシュの見た目を考えろという意味に取れたらしい。


「からかうのはこのへんにしとくわ、じゃね」


 と、シルキィは今度こそ練習場を去ってしまった。


 一人取り残されたアッシュは、魔法の弾丸の練習を続けることにした。

 今日は練習に費やして、明日からはダンジョンに潜ってやる。

 シルキィなんぞさっさと超えてやろうと意気込みながら、彼は一撃で的を射貫くのだった―――。

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