才能
シルキィ=リンドバーグという少女は、自他共に認める天才だ。
齢十二にして二十を超える魔法を使いこなし、既に三つのダンジョンをソロで踏破しているような人間は、世界広しと言ってもそうはいない。
だがどれだけ才能があっても、世間のしがらみというものからは逃れられない。
シルキィは父である辺境伯に、王立ユークトヴァニア魔法学院へ通うことを強制された。
既に魔法学校で習うようなことは、十歳になる前には修了しているというのに。
『広い世界を見て、交友関係を作ってこい』
父の言い分が、シルキィにはまったく理解できなかった。
才気に溢れ将来を嘱望されているせいか、父は妹たちとは違いシルキィに対し酷く冷たかった。
そのせいで血がつながっているとは思えぬほどに他人行儀な関係が、今も続いている。
ある日シルキィは、最近サボり気味の魔法学院を抜け出してふらふらと歩いていた。
しかし染み付いた習慣のせいで、気付けば足は魔法の練習のできる場所へと向かってしまっていた。
魔法学院にいる生徒達のことをダルいと一蹴している彼女にとって、学院は決して過ごしやすい場所ではない。
そのため彼女が王都で授業をサボる場合は、始まりの洞窟で魔法の練習をすることが多かった。
しかし丁度前日と二日前にも同じ事をしたばかりだ。
マンネリ気味だったので、ふとした思いつきでギルドの練習場へと向かうことを決める。
そしてシルキィはそこで……己の世界があまりにも狭かったことを知る。
自分がトイレから帰ってくると、さっきまで自分が居た場所に一人の男が立っていた。
シルキィは自分の感覚を疑った。
彼を通り抜ける風に違和感があったのだ。
本来の彼の上半身を風はするりと通り抜け、下半身にしか留まっていない。
デュラハンのような魔物がギルドの中に潜入したのかと思ったが、それも違う。
事実はそれよりよっぽど奇妙だった。
見た目を偽っている男の正体は……まだ自分の半分も背丈のない子供だったのだ。
彼は魔法使用時の痛みに顔をしかめながらも、たしかに魔法の弾丸を放っていた。
あの少年は既に、魔法が使えるのだ。
シルキィが魔法を使えるようになったのは、七歳になった頃だった。
痛みに耐えきれなくてビービー泣いている彼女を鞭で打ち、父は強引に魔法の使用を強制してきた。
おかげでなんとか魔法使用時の痛みが耐えられるレベルになったのだが、その時の記憶は今でも軽くトラウマとなっている。
あり得ない、と自分の中の常識が告げる。
だが目の前の子供はたしかに、魔法の弾丸を放っている。
あれだけ速射ができるとなると、使っている回数は百や二百では利かないはずだ。
ただの子供が、それだけの痛みに耐えられるはずがない。
あまりに若いうちに魔法を使わせると痛みに耐えきれず、無痛症になったり心が壊れてしまう者も多いため、魔法を使うのは十歳になってからというのが普通だ。
自分も早いほうだと思っていたが、彼の場合はそれ以上。
子供が平然として魔法を放つその異常さに、シルキィは思わず興味を持った。
そして話しかけて、彼女の関心はますます引かれた。
間違いない、目の前の少年セピアは―――私以上の天才だ。
彼は誰からも習うことなく、独学で魔法を身につけている。
それは正しく、天が彼に与えた才能だ。
魔法の基本の身に付け方は、レベルアップと魔物討伐の二つ。
だが実は、他にもう一つ有名なものがある。
それは……生まれたその時から、天から魔法を授けられているパターンだ。
この前例は極端に少なく、たしか一番最近あった事例でも百年以上前のことだったはず。
だが今目の前にいる彼は――魔法の弾丸を、神から与えられている。
そして実戦で使用可能なレベルまで使い続け、精神をまともに保てている。
天才―――いや、そんな言葉では生ぬるい。
彼は、怪物だ。
シルキィは天才だと自惚れていた自分が恥ずかしくなった。
こんな人材が在野に眠っていると知り、自分の不明を恥じた。
シルキィは別れ際、セピアの本当の名を教えてもらった。
そして彼が、正真正銘の三歳児だったことも。
「アッシュ……アッシュか」
彼女は久しく帰っていなかった家の別邸に向かいながら、その名前を繰り返す。
少年アッシュは、とんでもない才能を秘めている。
それも、魔法の才だけではない。
――彼は一部の人間にだけ手に入れることができる、固有スキルの才能も持っている。
私と同じだ、と呟いて家の門をくぐる。
シルキィが持つ固有スキルは『風精霊の導き』という。
風魔法の威力上昇や嘘看破、軽い天候操作や風精霊の召喚までこなせてしまう非常に強力なスキルである。
m9でビジュアルをもらっている主要キャラ達は、多かれ少なかれこのような理不尽なスキルを持つ者が多い。
アッシュが飛び込もうとしている世界は、こういった化け物達の巣食う戦場なのだ。
(あの子が持ってたのは、恐らくは幻覚や偽装系の固有スキル。諜報を生業にする一族とかに、こういったスキルを持つ者が多かった気が)
ということは、アッシュは見た目を偽ってまで冒険者になる必要があるような、特殊な生まれに違いない。
まさか彼が隠しダンジョンに裏から入り、王家の墓を荒らして金品と一緒に『偽装』の
「久しいな、シルキィ。どうしたのだ急に、学院へは……」
「ねぇ、父さん」
久しぶりに会う自分の父――リンドバーグは、相変わらずの偉丈夫だった。
とても魔法使いには思えぬような筋骨隆々とした肉体は、たとえMPが切れても前線で戦うために鍛えていると聞いたのは、果たしてどれくらい前だったか。
学校をサボっていることをたしなめようとした父の言葉を、シルキィは遮った。
問答をしにきたわけではないし、感動の再会をしようというわけでもない。
彼女がわざわざ家に戻ってきたのは――――。
「私に稽古付けてよ、全力で」
「―――ほぉ、いい顔をするようになったな。学院に出したのは正解だったか」
「あ、それは失敗。でも今日さ、凄い子見つけちゃって。私も負けてらんないなーって」
ふむ、と辺境伯はあごひげを撫でる。
そして手に持つミスリル製の棍棒のような杖を振り回し始めた。
暴風が吹きすさび、地面に生えている草が千切れ飛んでいく様子は、相変わらず人間をやめている。
彼が圧倒的な武威を持っているのは、自分の担当する領地が魔物の発生地帯と隣接した危険な場所だからだ。
辺境伯は常に己の身を最前線に置き、魔物を倒し続けることで領地を拡げ、一子爵の身から辺境伯にまで成り上がった。
全身に纏う気迫は、完全に武官のそれと言っていい。
「俺の知っている奴か?」
「いや、知らない子供。でもちょっち負けらんないなーって」
「ふむ、そうか……お前が俺に頼ってくるほどとなると、よほどのことのようだな」
「そうね、だからもうちょい身入れる」
シルキィがグッグッと念入りに準備運動をし始める。
そして自分の父と真正面に向かい合い、腰を下げた。
そして息を吸い、父を鋭い眼光で睨む。
彼女の顔は、父である辺境伯をして今まで一度も見たことがないほどに獰猛なものだった。
その様子を見たリンドバーグ辺境伯が、ピタリと杖を止める。
そして口を裂けるように拡げて嗤い出す。
「実の父相手に良い殺気をぶつけてくる。――よし来い、半殺しにしてやろう」
「――冗談。今までの鬱憤まとめてぶちまけたげる」
二人は獣のような叫び声を上げ、己の使える最強の魔法をぶつけ合った。
その戦いは邸宅を半壊させるほどの苛烈さで、周囲にいた貴族達の中には台風が来たと勘違いして逃げ出した者が出たほどだったという。
この日以降、シルキィは度々父の元を訪れ稽古をつけてもらうようになる。
彼女はそのおかげで本来より二年早く『風将』の名を譲り受けることになるのだが……それはまた別の話。
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