スゥ


 二人の会話に、何者かが割り込んでくる。


 横から会話に入ってきたのは、同じ貴賓席から試合を観戦している一人の少女だった。


 あまりマナーの良い行為とはいえないが、辺境伯もシルキィもそんな小さなことに目くじらを立てるような人間ではない。


 そんなことよりも彼らの興味は、その少女の言葉に引かれていた。


「すみませんリンドバーグ卿! ウチの娘が大変失礼を……」

「気にするなクルス卿、俺の娘がそれくらいの年の時はもっと酷かったからな」

「えっとたしか……スゥちゃんだっけ?」

「は……はいっ! すいません、ついカッとなってしまって……」


 あせあせとしながら、額に掻いている冷や汗をハンカチで拭う彼女はスゥ。


 クルス伯爵がふと視察した時に見つけた才女で、今は彼の養女として伯爵家で教育を受けていたはずだ。


 貴族は家を絶やしてはならない。

 しかしどうしても子が産みにくい体質の者もいるし、病気や怪我で子作りができなくなってしまうものも少なくない。


 そのため王国では、貴族が養子を取ることはそれほど珍しいことではなかった。


(たしかスゥちゃんは、以前は元フツーの村娘だったはず)


 彼女がライエンを知っているということは――もしかすると、あの子と同郷?


 シルキィが尋ねようと口を開くが、父の方が一瞬だけ早い。


「そなたはあの少年を知っているのか?」

「は、はい! ライ――ライエンとは古くからの幼なじみでして」

「ぶっちゃけさ、彼って強いの?」

「つ、強い……と思います。そりゃたしかに、モノさんと比べると見劣りはするかもしれませんけど……ライエンは最後には必ず勝つんです。私は彼が負けるところを一度も見たことがありませんし、負けるって想像することもできません」


 たしかにスゥの言う通り、ライエンの戦いぶりはモノと比べれば劣っている。


 剣技は我流で、明らかに何者かに師事している洗練されたモノと比べれば粗が多い。


 魔法が使えるらしくフレイムアロー等の初級魔法を使うこともできるようだが、あの魔法の連弾の曲芸を見た後だといささか見劣りの感は否めない。


 だがどうやらスゥは、ライエンが必ず勝つとそう信じ切っているようだ。


 同郷の色眼鏡もあるとは思うが、彼女は明らかにレベルの違う二人を見てもまだ疑念の一つも抱いていない。


 最後には必ず勝つ。


 すごく曖昧な物言いだが、相手に引き出されるように実力が上がり、最後には上回るということなのだろうか。


 そんな都合の良い力が存在するとは到底思えないが―――。


「ふむ、さしづめライエンは晩成型と言ったところか。今は弱くとも、どんどんと強くなっていくタイプと」

「そそそ、そんな感じです!」

「そしてモノは明らかな早熟型だろう。二人のタイプは正反対というわけだ」


 シルキィは父の威容に明らかにビビっているスゥを横目に、試合を見届けた。


 ちょうどライエンの第二試合が終わったところだった。

 彼の方も、モノと同様危なげなく勝ち上がっている。


 だが今の試合を見ていても……やはりライエンにそれほど光る物があるようには思えない。


 果たしてスゥが言うように、ライエンに勝ち目はあるのだろうか?


「ねぇパパ、モノが負けるなんてことがありえるの?」

「十中八九……いや九分九厘あり得ないだろうな。両者共に十才で、ほぼ全ての面においてモノの優勢は明らか。賭けにすらならぬだろう」


 辺境伯の言葉を聞いて、スゥが悲しそうな顔をする。


 自分が信じているライエンが負けると言われて、気分が落ち込んだようだった。


 だが今の父の口ぶりから考えると、まだ言葉は終わりではない。


 実の父であるからこそ、シルキィにはそれがわかった。


「ただこと戦いにおいては、大番狂わせも存在する。絶対に勝てない、何があっても倒せない……そんな相手を、俺は何度も殺してきたからな」


 己のあごひげをさすりながらスゥを見つめ、その横に居る恐縮した様子のクルス伯爵を見てから、彼は獰猛に笑った。


 それは戦いを生業にするもの特有の、相手の命を刈り取るような肉食獣の顔つきだ。


 ……パパ、それはやり過ぎ。


 恐らくは落ち込んだスゥを慰めようとしているのだろうが、その意図は付き合いの浅い伯爵達には伝わらなかったようだ。


 二人とも縮こまっているし、スゥは完全に半泣き状態になっている。


 ごめんねと謝りながら、シルキィは二人が戦う光景を予想する。

 大番狂わせが起こるとは、彼女には思えなかった。


「どうやらモノの方にも何かが見えているようだし……案外この勝負、わからぬやもしれぬ」


 どうやらまだまだ王国には、自分の知らぬ才が眠っているらしい。


 辺境伯は、国の未来は明るいと空を仰いだ。


 空腹を感じた彼は鳥の腿肉を魔法で温め直し、そのまま豪快にかぶりついた――。

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