声
「シルキィ、あれか?」
「うん、そうだよ」
武闘会年少の部が行われている、王立闘技場の貴賓席。
そこで観戦に集中していたシルキィは、父親の質問に言葉少なにそう頷いた。
今彼女の目の前では、本選トーナメントがスタートしたところだ。
運営の配慮か天からの采配か、アッシュ扮するモノとライエンは別々の組に振り分けられており、彼らが戦うのは決勝の舞台となっている。
今はモノが本選第二試合、将軍エレドリックの子息と戦いをしている最中だった。
相手の剣の全てをモノが躱し、その度に歓声が上がる。
そして彼はゆっくりと、獲物が弱るのを待つ肉食獣のような瞳を光らせて――連撃が終わるのと同時に、剣を相手の喉元に突きつける。
相手が降参をしたことで、もう上がらないと思っていた会場のボルテージが更に上がる。
二人以外の出場者が、気の毒に思えてきてしまう。
今年の年少の部は良くも悪くも、あの二人以外は完全に蚊帳の外だからだ。
シルキィが目をつけている件の少年がモノであることを察した辺境伯は、ジッと試合の一部始終を観察していた。
その目つきは鋭いが、別に視線で誰かを射殺そうとしているわけではない。
娘である彼女ですら最近分かったことなのだが、彼女の父は怖い感じがするだけで、実はそれほど恐ろしい人間ではない。
常に怒っているわけではなく、ただ超が付くほどの強面なだけなのだ。
以前はそれが恐ろしかったが、正体を知ってしまえば気にもならなくなる。
こんな風に一緒に試合観戦をしてるなどと以前の自分に言っても、到底信じてはもらえないだろう。
回顧してばかりはいられないので、意識を試合へと戻す。
「魔法だけではなく剣も使えるか……あれは相当レベルも上げているな、低レベルの動きではない」
「ホントそれ、最近見ないと思ったら剣ばっか振ってたんだね。多才過ぎ」
「予選突破の魔法の連弾は見事だったな。魔法の弾丸は使い勝手は良いが、反面真っ直ぐにしか飛ばない。多連発射はそれぞれ細かく方向を決める時間が短いというのに、一つの無駄玉もなく相手を打ち抜く精密さ……本当に十才だとしたら、化け物だ」
辺境伯やシルキィを始めとする一部の人間は、彼が予選の際に使った攻撃の難度の高さを理解していた。
魔法の弾丸を撃ったとわかった人間は大勢居たが、魔法が使え、かつ魔法の弾丸を実用レベルまで鍛えている人間でなければあれの凄さはわからないだろう。
魔法の弾丸を一発も外さずに全弾命中させる。
本来多重発射をして命中率を数で補う魔法の弾丸の使い方として、あれは異様に過ぎる。
シルキィもまさかここまでとは思っていなかった。
彼女が見ているところでは、アッシュは手を抜いていたのだ。
自分のことを隠そうとする彼らしいとも言えるが、正直なところムカついた。
だが父からも、自分と同じ感想が出るとは思っていなかった。
戦場では悪鬼と恐れられるあの父が、アッシュを化け物と呼ぶ。
やはり自分の目は、間違ってはいなかったのだ……と。
「やっぱパパもそう思う?」
「うむ。しかもあやつはまだ何かを隠しているな。お前が気に入るのもわかる」
「へ、そう? 予選でやったあれクラスの隠し球はもうないんじゃないかな」
「………ハハッ、お前はまだまだ若いな」
シルキィの言葉に、辺境伯は豪快に笑った。
自分を子供扱いする父に対し、頬を膨らませるシルキィ。
だがそんな娘の様子には頓着せず、彼は視線をモノへと向けたままだ。
己より二回り以上も小さい彼を見つめるその目は、真剣そのものだった。
「戦場に慣れれば、相手がどのような矛を隠し持っているかはなんとなく掴めてくる。それが掴めぬようでは、死ぬだけだからな」
「ふぅん……そーなんだ」
「――だが解せんな」
戦いに明け暮れ、恐らくは王国で一、二を争う魔法使いである父の言葉には含蓄があった。
シルキィは子供だと言われたことに不服を覚えつつ、たしかにアッシュなら真の実力を隠しているかもしれないと思い直す。
彼はどうしてそんなことをするのかわからないが、自分の力を他人に見せることを極端に嫌がる。
何度か模擬戦の誘いをかけたりもしたことがあるが、今のところ全て断られてしまっている。
だが今アッシュはどういうわけか、自分の力を武闘会という明らかに人目に付く場所で発揮させている。
彼をその気にさせる何かが、この場にあるというのだろうか。
――それがあの、ライエンだというのだろうか。
自分ではない誰かにアッシュが熱を上げている。
どういうわけか、その事実にシルキィの胸はかき乱された。
「あの子供……ライエンにモノほどの覇気はない。俺から見ても、ただの子供にしか見えぬ。何故それほどまでに固執する。勝敗は戦わずとも明らかだろうに」
「ねー、ホントそれ。ア―――モノもどうしてあれに……」
「そんなことありません! ライは絶対に勝ちます!」
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