かくて役者は揃った


『ワアアアアアッッ!!』


 今から入ろうとしている会場から、割れんばかりの歓声が響いている。


 その様子は外から見ていると異様なものだった。


(武闘会って、そんなに興奮するものなのかしら……)


 一人の少女が、供を連れながら王立闘技場へと向かっている。


 パーマを当てたクルクルとした巻髪を揺らしながら軽い足取りで歩いており、傍から見ると非常に楽しげだ。


 彼女は生まれて初めてやってきた武闘会に心を弾ませていた。


 アメジストの瞳を輝かせる少女の名は、メルシィ=ウィンド。


 ウィンド公爵家の長女であり、アッシュが前世から推し続けている少女だ。


「中々に凄い歓声ですな。はて、まだ年少の部の時間だと思うのですが……」

「巧拙はおいておくとしても、試合にかける思いの強さに強弱はあるまいて。それだけ熱の入った試合をしているということだろう」

「そういうものでしょうか……いやはや、私にはわからない世界ですなぁ」


 彼女は父達が話をしている三歩後ろで、ゆっくりと周囲を見回しながら歩いている。


 父であるウィンド公爵が敬語で話しかけるような男は、この国に一人しか居ない。


 武闘会のような野蛮な催しが嫌いな彼の隣で楽しそうな顔をするのは、今年で齢五十一になるフィガロ二世、このフェルナンド王国の現国王である。


 既に老齢の域に入っているにもかかわらず、その目は童心を忘れておらず、キラキラと少年のように輝いていた。


 今回ウィンド公爵が武闘会にやってきたのは、国王の茶目っ気が原因だった。


 彼の予定は年齢制限無しの午後の部から参加するよう組まれていた。

 けれど若い子達の元気をもらいたいと、年少の部決勝に間に合うように各種予定を繰り上げて闘技場へ来てしまったのだ。


 本当なら戦いの詳細な解説ができるリンドバーグ辺境伯が王に随伴するはずだったのだが、予定が狂っているために彼は未だ試合を観戦している最中。


 誰も居ないまま闘技場に入るのは体裁的にマズいだろうと、本来文字違いの舞踏会に参加する予定だった公爵が予定を変更してこの場にやってきていたのだ。


 本当ならメルシィも舞踏会に参加しワルツを踊る予定だったのだが、公爵がそろそろ国王に顔見せをするには良い時期だと言ってくれたおかげで、会を抜け出てこちらに合流することを許された。


 ダンスだって一応は踊れるし、社交界での基礎教養も一通り学んでいる。


 だが彼女は未だ十才、遊びたい盛りの年頃の女の子だ。


 舞踏会で堅苦しく肩肘張って踊るより、生まれて初めての武闘会を観戦する方が楽しいに決まっている。


「お父様、国王陛下、そろそろ行きましょう? どんどん歓声が大きくなっています、このままだと一番良いところを見逃してしまうかもしれません」

「ははっ、確かにその通りだ。メルシィ嬢、一緒に行こうか」

「あ、ありがとうございます!」


 女性へ手を差し出して、腰を軽く落とす。


 エスコートの動作を国王陛下がしたことへに驚きながら、メルシィはおっかなびっくりと手を重ねる。


 本来なら国王がする態度ではないが、今は無礼講ということなのか彼に気にした様子はない。


 公爵は一瞬気難しそうな顔をしたが、覚えがめでたいに越したことはないだろうとすぐに表情を取り繕った。


 この国の国王と肩を並べて歩くという世にも奇妙な経験をしながら、メルシィは会場から聞こえてくる声に耳を傾ける。


 聞こえてくるのは、恐らく今会場を沸かしているであろう人物の名だ。


 わざわざ耳をそばだてなくても聞こえてくるほど、そのコールは響いている。


「モノ選手……いったいどんなお方なのでしょう」

「さて、楽しみだねぇ。こうやって若い力が育ってるって実感すると、年を感じるよなぁ……」


 三人は護衛と供を引き連れて、貴賓席へ通じる上り階段へと向かっていく。


 舞台は着々と整い、登場人物達がステージへと上がっていく。


 アッシュとライエンの戦いは、確実に周囲へその余波を拡げていた――。

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