主人公
『さぁ、とうとうやって参りました王国武闘会年少の部決勝戦!』
司会の女性の声をバックに、アッシュは一人、ステージ下の階段前に立っている。
視線の先、向かい側には戦うのを待っているライエンの姿が見える。
彼はどうやらアッシュに敵意を持っているようで、少し目を向けただけでガルルッと獰猛な獣のように唸られてしまった。
や、やってしまった―――というのが、今のアッシュの正直な気持ちだ。
本来自分が武闘会に参加したのは、ウィンド公爵家の内通をなんとかできるかもしれないという希望的観測と、師匠であるシルキィとナターシャに無様は見せられないという思いからだった。
それとライエン達m9の登場人物に会ってみたいという、好奇心もあった。
どうせ優勝するまで戦い続ければ、実力はある程度はバレてしまう。
それなら今まで培ってきたものを見せようなどと張り切ったら、このざまである。
会場にはモノコールが起こり、腕を振り上げながら自分を応援している人までいる。
たくさんの観客達が、アッシュの強さを認め声を張りあげていた。
本当なら、予選の段階であそこまで本気を出すつもりはなかった。
しかしあの主人公ライエンが、自分の戦いぶりを見ている。
たったそれだけのことで、何故か妙に心が昂ぶって加減が利かなくなってしまったのだ。
見知った顔、というかm9に出てくる登場人物が何人も見えていたというのも大きいかもしれない。
(でもあれ……絶対に俺のこと、嫌ってるよな)
だが妙に舞い上がり挑発までしてしまった結果、恐らく一番大事なはずのライエンから自身への好感度が凄まじい勢いで下がっていた。
わざわざ彼をたきつけるようにこれ見よがしなパフォーマンスまでしたのだから、当然のことではある。
しかし今後のことも考えると、頭が痛かった。
『想像以上の盛り上がりを見せる年少の部決勝戦がいよいよ始まります! 見逃し厳禁、値千金! 今後の歴史に残るであろう一戦の幕が上がろうとしております!』
誘導に従い、階段を上っていく。
ライエンとの距離がどんどんと近くなり、彼の全身がはっきりと見えるようになる。
彼の端正な顔、なんだってできるという自信。
そしてどんな劣勢でも覆せる力を持ち、近い将来周りに魅力的なヒロイン達を……。
「――なぁんだ、そっか」
ふと、肩から力が抜ける。
わかってしまえば簡単な話だったのだ。
アッシュは自分がどうしてここまでライエンに固執しているのか、その理由にようやく気付いた。
つまりは単純に――アッシュはライエンのことが、気に入らないのだ。
自身がライエンに生まれ変われなかったことを、妬んでいると言ってもいい。
本当なら、世界を救うのは自分のはずだった。
本当なら、ヒロイン達を救い共に生きていくのは自分のはずだった。
だが彼女達を助け出せるのは、自分ではない。
全てを救うために魔王を倒せるのは、世界でただ一人ライエンだけだ。
目の前の少年はきっと、死ぬような思いをした経験などないだろう。
大人になる前に殺される自分の運命におののいたことも、死ぬ気で魔法を習得し裏技まで使って強くなろうと思ったこともないはずだ。
アッシュには自分がこんなに色々とやってきたという自負がある。
同年代の子供に、強さでなら誰にも負けないという自信もある。
だが目の前の少年は、持っているチートスキルでそんな自分を苦もなく超えていく。
そんな未来がわかってしまうのも、なおのこと腹立たしい。
m9の主人公として、ライエンとしてゲームをプレイしてきたからこそそう強く思ってしまう。
主人公補正を持つライエンに、脇役のアッシュでは敵わないと。
壇上へ上り、互いに見つめ合う。
ライエンの方は、ずいぶん怪訝そうな顔をしていた。
「……僕は君と会った記憶はないんだけど」
「当たり前だろ、初見だよ初見。そっちは、だけどな」
アッシュは少し気恥ずかしくなりながら、ガリガリと頭を掻く。
精神は肉体に引っ張られる。
わかっていたつもりだが、まさかこんな子供じみた嫉妬心を、自分が秘めてるとは今の今まで気付かなかった。
醜くて、意味のない感情だ。
この世界の主人公を羨んだって、しょうがないっていうのに。
だが、とアッシュは思い直す。
この世界はm9に非常によく似た世界だ。
――しかし、m9そのものではない。
主人公は何もライエン一人だけではないのだ。
月並みな言い方をすれば、この世界で生きる人達全てが主人公なのである。
今まで、自分はこのm9の世界を変えずに死の運命に抗おうとしてきた。
だが、既にそれはおじゃんになりかけている。
ゲームのシナリオからズレ始めているこの世界の、話を紡ぐ主人公の一人として、アッシュという人間はこの世界に立っている。
……それならいっそ、本気で抗うのもアリかもしれない。
ゲームのシステムに。
ライエンの持つ、主人公補正に。
負けイベントがあったとしても、絶対に負けることはない主人公ライエン。
この異世界なら、そんな彼に土をつけることだって、きっと――。
『会場の盛り上がりが最高潮になってきたところで……準備が出来たようです! それでは皆さん、ご唱和下さい! せー、のっ!』
「「「試合開始!」」」
アッシュは決意を固めた。
この試合で自分は全てに勝つ。
ライエンという主人公に、彼の持つ固有スキル『
ただ倒すのでは意味がない、全てを乗り越えて勝つ。
相手の全力を引き出して、更にそれを超えてみせる。
「俺だって、なれる――――いや違う、なるんだ」
アッシュは自身で出せる最高速度を出し、一瞬のうちにライエンへと肉薄した。
そして驚きながら剣を前に出し防御姿勢を取ろうとする彼を嘲笑うかのように、その背後へと移動する。
己の敵を見失ったライエンの腿に蹴りを入れて転ばせ、背中に模擬刀を思い切り叩きつけた。
「俺の、俺だけの物語の……主人公に!」
ベギン、という骨の折れる低い音と、ライエンのくぐもった呻き声が聞こえてくる。
それは今まで己というものを押さえつけてきたアッシュが放った、全力の一撃だった――。
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