裏技


 m9には各ヒロインごとにバッドエンド、グッドエンド、トゥルーエンドの三つが存在している。


 王家の墓というダンジョンが解放されるのは主人公ライエンがイライザをヒロインに選び、トゥルーエンドを迎えた場合のみである。


 王位を継承したイライザは、元国王である父から王家の墓の存在を教えられる。


 謁見室の下に隠された転移魔法陣から飛べるその場所の最奥には、強力な宝が眠っているらしい……と。


 だが、長年使われていなかったことで魔物が湧いており、ラスボスクリア前の魔物強化イベントにより手がつけられぬほど凶悪になった。


 それでも魔王を倒したお前達なら……と教えられることをトリガーにして、ダンジョンが解放されるのだ。


 そもそも魔物が発生するような場所に墓を作るなとか、なんで魔物が出るようになるより前に秘宝を取らなかったんだ、なんてことは言いっこなしである。


 重箱の隅をつつくより、ゲームを楽しんだ方がいいのだから。



 ちなみに余談だがトゥルーエンドとグッドエンドにしか固有のCGは存在せず、バッドエンドは見なくてもCG回収ができるような設計になっている。

 そういう細かいところに手の届く仕様が、アッシュがm9にハマった理由の一つだった。





(イライザが国王と仲直りをし、第一候補に繰り上がっていた妹を倒すことで正式に王位を継ぐトゥルーエンドはいい話だったなぁ)


(今まで仲違いしていた国王を恥ずかしがりながらお父様と呼ぶイライザの姿は、思わずイライザ推しになりそうになるくらいの破壊力があったし)


(でもイライザは流石に学校に入るまで会ったりするのは難しいだろうなぁ、何せアッシュは食堂経営してる両親から生まれた庶民だし)


 アッシュは既に三歳になり、外に遊びに行くと言って門限の限りで好きなことができるようになった。


 そして彼は実は今、王家の墓へ潜入している。


 そのレベルは……驚きの1。


 誰とも戦っていないので当たり前だが、本来ならあり得ないことである。

 そもそもクリア後にしか入れないこの場所へ彼が入れたのには、もちろん理由がある。


 この異世界は、m9の世界を限りなく現実に落とし込んだような作りになっている。

 そのためなるべく現実と辻褄が合うよう、色々と手直しが加えられているのだ。


 今回アッシュが利用したのは、その現実として再現しようとする世界の在り方を逆手に取る物だった。


 本来なら王家の墓は、ダンジョンのクリア後に壁の側面が割れ、出口へ繋がる転移魔法陣が現れる仕組みになっている。


 そしてクリア済みのアッシュはその出口である転移魔法陣がどこにあるのかを知っている。


 王家の墓の出口は、王宮から街中へ脱出するための抜け道の道中にある。


 無論その道は王族の中でも一部にしか知らされていないが、かつては王の旦那・・だった経験があるアッシュは、当然それらを把握している。


 アッシュは王都の外れにある洞窟へ入り、三回ほど天井の特定位置を叩くと現れる地下階段を下って抜け道へ入り、そして本来ならクリアと同時に崩れる壁を借りてきたスコップで掘り進めた。


 すると彼の予想通り、王家の墓の最奥部へつながる転移魔法陣があった。


 彼はそこへ入り、そして今目論見通り宝箱の置かれているダンジョン最深部へと辿り着いている。


「正直上手くいくかは半々だったけど……賭けには勝てた」


 にやにやと人の悪い笑みを浮かべながら、アッシュは目の前にある宝箱へ手を伸ばす。

 そして蓋を上げて、中に入っているお目当ての宝物を持ち上げる。


 魔法陣の青い光に照らされたそれは、緑色の巻物(スクロール)。

 今アッシュが最も欲していた、汎用スキル『偽装』の巻物だ。


 本来ならイライザが手に入れるはずの宝物を勝手に使ってしまうことに、良心の呵責はある。


 だがこれは自分が生き抜くために必要不可欠なものなのだ、と彼は心の中で謝りながらも巻物を使用した。


 頭の中に、『偽装』の用法と用途が流れ込んでくる。

 『偽装』は己の見た目やレベルを偽るスキルだ。


 これを使えばアッシュは、スキルで作った幻影の見た目で動けるようになる。


 つまり本来なら十二歳を超えなければ入れない冒険者ギルドに、三歳である今でも入ることができるようになるのだ。


 今後自身を強化して行くにあたってレベル上げを行うために魔物を倒すこと、そしてダンジョンの隠し部屋へ入り、この巻物を手に入れることは絶対に必要だった。


 見た目通りの三歳児では、到底冒険者になどなれはしないのだから。


 『偽装』がスキルとして使えるようになったことで、持っていた巻物がサラサラと灰になって消えていく。


 アッシュは本人の知らぬところで、イライザに対して一つ大きな借りを作ってしまった。


 そもそもイライザルートに入らなければ手には入らないし、更に言うならクリア後に姿を偽る必要がないため金に変えるくらいの用途しかないため、ゲームでは入手しても腐るだけの巻物だった。

 けれどその事実は別にアッシュの罪悪感を消してはくれない。


 ただこうしてイライザが手に入れるべきだった巻物を使ってしまった分は、どんな形であれ必ず借りを返してみせる。


 そんな風に決意を新たにしながら、アッシュはスキルを使用し二十歳前後の若者の姿になって転移魔法陣へと踏み込もうとして……振り返り、巻物の入っていたもの以外の宝箱も全て開けることにした。


 ゲームによくありがちだが、大事な物の入っている宝箱の周囲には何故か小銭やアイテムの入っている外れとも言える宝箱が存在していることが多い。

 この場所も例に漏れずそういった小物がたくさんあった。

 しかもこの場所はラスボスクリア後に入るのを想定されているせいか、中に入っているアイテムはとんでもない代物ばかりだった。


 何せ出てくる金貨の量はもう一生遊んで暮らせるくらいの額だったし、薬草感覚で入っていたのはエリクシルと呼ばれる最高級の回復薬だった。


 ここまでやると本当に墓荒らしなんじゃ……という思いを必死に否定しながら、アッシュは宝箱の中身を根こそぎいただいて転移魔法陣に入っていった。


 結局一度も戦闘はせず、レベルは1から変わらぬままで。

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