初めて
自らの見た目を偽り、アッシュは行動範囲を更に広げることができるようになった。
彼がまず行ったのは、冒険者ギルドだ。
アッシュはそこで、冒険者としての登録を済ませた。
冒険者というのはダンジョンを攻略し、中から魔物の素材やお宝を見つけ出す者達のことを指している。
ある程度の自由が利き、魔物と戦う経験が積めるなんていう都合のいい職は、今のアッシュにはうってつけだった。
名前がそのままでは怪しいかと思い、偽名であるセピアを名乗ることにした。
アッシュだから灰色、そこから黒と白を連想してセピアという安直な名付けだ。
長ったらしいギルド規則の説明や、迷宮内でのいざこざの避け方なんかの基礎事項の説明を終えると、あとは登録料だけ支払えばご自由にどうぞといった大分自由な感じだった。
レベルを上げるためには、一日でも早くダンジョンに潜って魔物と戦いたい。
実は毎日ひっそりと魔法の練習をしていたおかげで、スライムやゴブリンのような魔物程度には遅れは取らないという自信だってある。
アッシュは近場にあるダンジョンに向かおうとしたのだが……その場所へ近付くにつれて、身体がブルブルと震えだす。
身体がこの先へ進むことを、完全に拒絶してしまっている。
さすがにそんな状態では戦えるはずもないので、ダンジョンへの突入は断念せざるを得なかった。
アッシュはため息をついてから、冒険者ギルドにある練習場を使わせてもらおうと予定を変える。
魔法の練習を思いきりやって気を紛らわそう、と気持ちを切り替えることにした。
――――こうなる理由は、もちろんわかっている。
王都から日帰りで帰れる距離にあるダンジョンはただ一つ、『始まりの洞窟』のみ。
王立ユークトヴァニア魔法学院の生徒達が魔物に慣れるために入る、初心者向けのダンジョンだ。
この場所は……ゲームでアッシュが殺される現場なのだ。
隠されている転移魔法陣さえ見つけなければ……つまりは最奥の居間にさえ行かなければ大丈夫……だとは思う。
だが、絶対の確証はない。
死への恐怖は、簡単には拭い去れなかった。
冒険者ギルドの建物の脇に立てられている練習場は、大きなドーム状の空間だ。
中はギルドより広く、紐を円の形に置いてある模擬戦用の空間と、遠くにある的を打ち抜くための飛び道具の練習用の空間の二つに分けられている。
アッシュが利用するのは、もちろん後者の方だ。
今後のことを考えると誰かから剣技を教えてもらったりもしたいのだが、残念ながら現状ではそれは不可能なのである。
アッシュの手に入れた『偽装』のスキルは、相手の視覚と認識の一部を誤魔化すものだ。
そのため皆にはアッシュが二十歳前後の取り柄のなさそうな青年に見えているはずだし、彼が精一杯手を伸ばして渡した物を受け取っても、違和感を感じないようにはなっている。
だが一般的に、汎用スキルは固有スキルと比べるとスキル自体の能力が低い。
汎用スキルである『偽装』には固有スキル『隠者の心得』のような相手に幻覚を見せるような力はないし、触覚まで偽装するような器用なこともできない。
そのため仮に剣で模擬戦でもしようものなら、さすがにアッシュの正体がバレてしまう。
未成年も未成年な三歳児であることがバレれば、即座にギルドから追い出されてしまうだろう。
そのため今の彼にできる練習は、他人に触れずにできるものに限られる。
具体的に言うなら、素振りと魔法の特訓だ。
練習場は基本的に、予約をせずとも使用することができる。
無論混み合っていたら順番待ちになったり、名前を立て札に書いて予約をしたりすることもあるのだが、今回はアッシュ以外に的当てをする人はいなかった。
的当てには近距離・中距離・遠距離の三つから打つ場所を選ぶことができ、的からの距離は順に5・10・15メートルとなっている。
模擬戦をしている男達の野太い声を聞きながら、アッシュは練習を始めることにした。
とりあえず最初は、近距離から試してみる。
彼は既に三歳にして、魔法を使うことができる。
アッシュが魔法を使おうと意識を集中させ、目を閉じる。
すると瞼の裏に文字列が描かれた。
MP 9/9
魔法
魔法の弾丸 使用MP1
この世界において、魔力はMPとして明確に数値化される。
アッシュは誰かに魔法を習ったことはなかったが、このようにかなりシステマチックな仕組みなので、それほど苦労せず魔法が使えるようになった。
彼はそのまま魔法の弾丸を選択し、発動させる。
「
MPを1消費して魔法が発動する。
MPを消費し魔力が魔法に変わる瞬間、アッシュは激しい頭痛を感じる。
そして同時に、倦怠感が全身を襲った。
魔力は肉体と精神に密接に関係しており、消費するだけでかなりの痛みや疲れを伴う。
魔法に集中力がいるとされるのは、そういった痛みや疲労を押さえつけて魔法を発動する必要があるからだ。
アッシュは魔法を使うたび、頭に小さな針が刺さったような痛みを感じているが、実はこれでもかなり治まった方なのだ。
最初の頃などは使った時に一日中頭が割れるように痛く、両親が部屋に入ってこようとも無様にえんえんと泣き続けていたほどだ。
今の痛み程度なら、十分に耐えることができる。
アッシュの頭上に、丸く白い光の玉が現れた。
大きさは握りこぶしくらいで、ふよふよと不安定に宙に浮かんでいる。
魔法の弾丸は、魔力を成形して飛ばす最も簡単な魔法だ。
熟達することで属性を付与したり、魔力を多めに込めて威力を高めることもできるらしいが、今のアッシュにはそこまでのことはできない。
彼にできるのはこの新人魔法使い御用達の魔法を愚直に発動させ、前方へ飛ばすことだけだった。
目算五メートルほどの距離を、魔法によって生成された弾丸が飛んでいく。
この魔法の弾丸は、矢と同じくらいの速度がある。
目視してから避けるのは相当運動能力がなければ難しいだろう。
バスンと音が鳴り、弾が標的に当たる。
赤く色の塗られた真ん中とはいかなかったが、一応中心部に攻撃が当たる。
「ふぅ……」
表面に張られている魔物の革素材に穴は空かなかったが、その中にある木材には凹みができている。
魔物の皮膚を突き破れなくとも、別に悲観はしていない。
魔法の弾丸の真価はその発動までの時間の短さと、連射の利く応用性の高さにある。
一度でダメなら二度三度と続けて打てばいい。
一回につき魔力の消費が1なら、あと8回は撃てるのだから。
再度意識を集中させ、魔法の弾丸を発動。
一度、二度、三度。
蓄積された痛みのせいか、耳鳴りが聞こえ出す。
だが確実に、革の内側にある木材にダメージを与えることができている。
四度、そして五度。
木材を抑えていた支えが取れかけ、的が大きく斜めに傾く。
精神を研ぎ澄ませているアッシュには、その光景がコマ送りのフィルムのようにゆっくりと見えていた。
生きてる魔物に当てる練習だと思え。
そう自分に言い聞かせる。
六度目、弾丸が的があった場所を通り過ぎていく。
外れたことに舌打ちをしながら、微修正をして七度目。
今度は早すぎてまだ的の下を飛んでいってしまった。
これで最後と、気合いを入れて八度目の発射。
弾丸は吸い込まれるように的へ飛んでいき、寸分違わず最初に当たったところへぶつかった。
パカンと乾いた音がして、中に入っていた木材が二つに割れる。
魔物の革から割れた板材が落ちて、音を立てて地面に転がった。
「……よしっ!」
大きく息を吐いて息を整える。
的が割れたからか、自分の後ろから拍手が聞こえてくる。
褒めてくれているのだとは思うが、アッシュとしては純粋に喜べない。
この威力では、魔法を連打したところで、倒せる魔物は多くても2匹が限度。
MPは大体1分に1ずつ回復するので、戦闘ごとに休息を取ればダンジョンでもやっていけるだろうか。
最初がこれでは、まだまだ先が思いやられる。
アッシュは自分が三歳だということを忘れながら、歯噛みしていた。
果たしてあと十年足らずで、間に合うのだろうか。
レベルもスキルも、魔法の修行も――――
「ねぇ君、すごいじゃん。初心者じゃないっしょ、絶対」
「あ、どうも…………ええええっ!? シルキィちゃんがどうしてここに!?」
「どうしてって……魔法の練習しようと思っただけだよ。――ってあれ、君に名前言ったっけ? ……つか、ちゃん付け。お友達の輪、拡がんの風みたいに速くね?」
自分に拍手を送ってくれた相手に一応礼を言おうと振り向くと、そこには彼が知っているキャラクターの一人が立っていた。
緑色の髪と瞳をした美少女。
猫背で気だるげで、一見すると無気力にも見える彼女は、アッシュのよく知る人物だった。
ギャルのような話し方をする彼女の名は……シルキィ=リンドバーグ。
m9の後半パートで起こる王国防衛戦で仲間にできるようになる、主人公陣営のサポートキャラの一人だ。
風魔法の天稟を持ち、後に王国で最も優れた風魔法使いに与えられる称号である『風将』となる女性でもある。
アッシュはストーリーと関係のない、まったく予想もしていなかった場所で、m9の登場キャラと初めて顔を合わせることになる――。
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